・・・例えば第一区には「敵騎兵国境に進入」第二区には「重甲兵来る」と云った風な、最も普通に起り得べき色々な場合を予想してそれに関する通信文を記入しておく。次にこの土器に水を同じ高さに入れておいてこの木栓を浮かせると両方の棒は同高になること勿論であ・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・命取りの強敵はもう深く体内に侵入しているがそんなことは熊にはわからない。またあわてて駆け出す。わけはわからないが本能的に敵から遠ざかるような方向に駆け出すのである。右の腰部からまっ黒な血がどくどく流れ出して氷盤の上を染める。映画では黒いだけ・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・命の親のだいじな消化器の中へ侵入しようとするものを一々戸口で点検し、そうして少しでもうさん臭いものは、即座にかぎつけて拒絶するのである。 人間の文化が進むに従ってこの門衛の肝心な役目はどうかすると忘れられがちで、ただ小屋の建築の見てくれ・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・前者は賞をもらったが、後者は家宅侵入罪その他で告発されるという話である。これはたいへんな相違である。ただ二人の似ているのは人まねでないということと、根気のいいという点だけである。 それでもし煙突男の所業のまねをしたら、そのまねという事自・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・ 震源の所在を知りたがる世人は、おそらく自分の宅に侵入した盗人を捕えたがると同様な心理状態にあるものと想像される。しかし第一に震源なるものがそれほど明確な単独性をもった個体と考えてよいか悪いかさえも疑いがある、のみならず、たとえいわゆる・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・平和――であるかどうか、それはわからぬが、ともかくも人間の目から見ては単調らしい虫の世界へ、思いがけもない恐ろしい暴力の悪魔が侵入して、非常な目にも止まらぬ速度で、空をおおう森をなぎ立てるのである。はげしい恐慌に襲われた彼らは自分の身長の何・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・芭蕉のさびしおりは、もっと深いところに進入しているのである。たとえば、黙々相対して花を守る老翁の「心の色」にさびを感じ、秋風にからびた十団子の「心の姿」にしおりを感じたのは畢竟曇らぬ自分自身の目で凡人以上の深さに観照を進めた結果おのずから感・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・そこでかれは、戒律を破って豆畑に進入するよりは殺された方がましだといって逃走をあきらめた。そこへ追付いた敵が彼の咽喉を切開したというのである。 一方ではまた捕虜になって餓死したとか、世の中が厭になって断食して死んだとか色々の説があるから・・・ 寺田寅彦 「ピタゴラスと豆」
・・・光線が海水中に進入して行く時にはその光力は光の色によってそれぞれ一定の規則によって吸収されだんだんに減じて行くが、どこまでという境界はないはずである。人間の眼に感ずる極限といっても判然たるものではない。また写真の種板に感ずるのも照射の時間に・・・ 寺田寅彦 「物理学の応用について」
・・・電火によって金属の熔融するのは、これら粒子の進入のために金属元子の結合がゆるめらるるといっているのも興味がある。 雷雨の季節的分布を論ずる条において、寒暑の接触を雷雨の成立条件と考えているのも見のがすことができない。 竜巻についても・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
出典:青空文庫