・・・がもう一学期半辛抱すれば、華やかな東京に出られるのだからと強いて独り慰め、鼓舞していた。 十月の末であった。 もう、水の中に入らねばしのげないという日盛りの暑さでもないのに、夕方までグラウンドで練習していた野球部の連中が、泥と汗とを・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・因て成るべく端折って記せば暫時の御辛抱を願うになん。 凡そ形あれば茲に意あり。意は形に依って見われ形は意に依って存す。物の生存の上よりいわば、意あっての形形あっての意なれば、孰を重とし孰を軽ともしがたからん。されど其持前の上より・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・そこで草臥た高慢の中にある騙された耳目は得べき物を得る時無く、己はこの部屋にこの町に辛抱して引き籠っているのだ。世間の者は己を省みないのが癖になって、己を平凡な奴だと思っているのだ。(家来来て桜実一皿を机の上に置き、バルコンの戸を鎖戸はまあ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ほんとうに辛抱の強い、稼ぎに身を入れる善い上さんだ。これにこそ福を与えて善かろう。もしこの上さんに福をやらなければ福をやるべき人間は外にあるはずはない。この上さんが毎晩五銭ずつを貯金箱に入れる事にきめて居るのだが、せめてそれを十銭ずつにして・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・ 雲がすっかり消えて、新らしく灼かれた鋼の空に、つめたいつめたい光がみなぎり、小さな星がいくつか連合して爆発をやり、水車の心棒がキイキイ云います。 とうとう薄い鋼の空に、ピチリと裂罅がはいって、まっ二つに開き、その裂け目から、あやし・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・ そのために母親は、自分の都合でばかり子供を叱らず、忙しくても辛抱して、とっくりと子供の言い分をきいてやり、親の思いちがいであったならば、さっぱりと、母さんが間違えていてわるかったね、ごめんよ、と云ってやることが大切です。こういう親・・・ 宮本百合子 「新しい躾」
・・・『世界の顔』で、国際的信望を失いつつある鳩山一郎氏が、自由党という第一党の首領であり得ることも、おどろかれるし、現職のまま幣原首相が進歩党の総裁となって入党したことも、民主とはかかることにさえつけられる名称かと、日本の民主主義の異常さに、目・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
・・・ 眼をつぶって三本通って居る電線の歎く声をきき車の心棒のきしむ音をきいた。 ―――― 老車夫はまた何かつぶやいた。 そのわけのわからないつぶやきは私の心のそこのそこからおびやかされた。 ――ちゃーあん―― 私は私の車・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・その仕組みについて考えるとき、彼女は若々しい人生への意欲と愛とにもえればもえるほど、ほかならない自身の肩に、しっかりうけとめて推してゆかなければならない、労働者階級の勝利への心棒があることを感じるだろう。けなげで忍耐づよいアサの知らなかった・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
・・・これまでも我々は只お前と寝食を共にすると云うだけで、給料と云うものも遣らず、名のみ家来にしていたのに、お前は好く辛抱して勤めてくれた。しかしもう日本全国をあらかた遍歴して見たが、敵はなかなか見附からない。この按排では我々が本意を遂げるのは、・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫