・・・画面の左手に、あっさり鳥居がおかれている。画面の重心を敏感にうけて、その鳥居が幾本かの松の幹より遙に軽くおかれているところも心にくいが、その鳥居の奥下手に、三人ずつ左右二側に居並んでいる従者がある。 同じ人物でありながら、この三人ずつの・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・ 人間を描くには、「人間の外部にあらわれた行為だけでは人間でなく、内部の思考のみも人間でないなら、その外部と内部との中間に、最も重心を置かねばならぬのは、これは作家必然の態度であろう。けれども、その中間の重心に、自意識という介在物があっ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・野上さんなどにしても、もっと仕事のお出来になる筈の方なのに、やはり子供の世話や、家庭のことに、半ばはとられて、ただ、仕事の方により力の重心の傾く場合と、家事の方に傾く場合とは、間断なくあるでしょうが、どうしても力の入れ方がちがってくるのだと・・・ 宮本百合子 「十年の思い出」
・・・その底辺の一番重心である青年がどんな理由があって歴史の創り手であるという光栄を捨てるべきだろう。 選挙が迫って来ている。若い人々の一票はその人々が真実どんな生活を欲しているかということを物語るものだと思う。何故なら今や日本の社会は、少く・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・瞬間椅子は重心を失った。 オミョオミョワラーー――ン…… 天地中が隅から隅まで、一どきに鳴り渡ると感じる間もなく、六の体は太陽の火粉のように、真下の森へ向って落ちて行った。…… 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 冬の最中に、銃の手入をするのが一番つらかったと云った、赤切れから血がながれて一生懸命に掃除をする銃身を片はじから汚して行く時の哀なさと云うものはない。銃を持って居る手がしびれ、靴の中の足がこごえて、地面のでこぼこにぶつかってころんだり・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 相互に真実な愛もなく、一方は無智による無我夢中、一方は醜劣な獣心の跳梁にまかせての性的交渉が結ばれたとしたら、そして、その百鬼夜行の雰囲気が伝染したとしたら、言葉で云えない惨めさです。とがめ、責める先に暗澹とした心持になります。 ・・・ 宮本百合子 「惨めな無我夢中」
・・・素破と云えばすぐ辷り込めるよう重心を片足において目をくばって待機しているのである。 そうやって待っているのが男ばかりなのも一つの光景であると思う。屈強な男ばかりがつめかけるのである。 女はつつましくうちからもって来るお弁当を使うのだ・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
・・・だが感覚のみにその重心を傾けた文学は今に滅びるにちがいない。認識活動の本態は感覚ではないからだ。だが、認識活動の触発する質料は感覚である。感覚の消滅したがごとき認識活動はその自らなる力なき形式的法則性故に、忽ち文学活動に於ては圧倒されるにち・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・景憲の祖父小幡山城は、信玄の重臣で、『軍鑑』の著者に擬せられている高坂弾正とともに川中島海津城を守っていた。弾正の没した時には景憲はようやく七歳であったが、事によると弾正の面影をおぼろに記憶していたかもしれない。景憲が弾正に仮託してこの書を・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫