・・・その人の仕事や学説が九十九まで正鵠を得ていて残る一つが誤っているような場合に、その一つの誤りを自認する事は案外速やかでないものである。一方、無批判的な群小は九十九プロセントの偉大に撃たれて一プロの誤りをも一緒に呑み込んでしまうのが通例である・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・しかし、それはただ表面に現われた性行の変りに過ぎぬので、生れ付き消極的な性質は何処までも変らぬ。それでなければ今頃こんな消極的な俗吏になって、毎日同じような消極的な仕事を不思議とも思わずやっている筈はないかも知れぬ。いったい自分は法科などへ・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・これほど精巧な器械を捨てて顧みないのは誠にもったいないような気がする。この天成の妙機を捨てる代わりに、これを活用してその長所を発揮するような、そういう「科学の分派」を設立することは不可能であろうか。こういう疑問を起こさないではいられないほど・・・ 寺田寅彦 「感覚と科学」
・・・巣は小さな笊のような形をしていて、思いの外に精巧な細工である。これこそ本能的母性愛の生み出した天然の芸術であろう。 荒川が急に逆様に流れ出したと思ったら、コースがいつの間にか百八十度廻転して帰り路になっていた。 キャディが三人、一人・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・これほど精巧な生来持ち合わせの感官を捨ててしまうのは、惜しいような気がする。 たとえば耳の利用として次のようなことも考えられる。 すべての音は蓄音機のレコードの上に曲線として現わされる。反対にすべての週期的ないし擬週期的曲線は音とし・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・日本語もこういうぐあいに活用させる人ばかりだったら、字を見なければわからないあるいは字を見ても読めないような生硬な術語などをやめてしまって、もう少し親しみのあるものに代える事ができそうである。国語調査会とかいうものでこういういい言葉を調べ上・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・杖がつきものになっている魔法使いはたいていばあさんかじいさんであるが、しかし彼らの杖はだいぶ使用の目的が違っていて、孫悟空のなんとか棒と同様にきわめて精巧な科学的内容をもっていたものと思われる。シナの仙人の持っていた杖は道術にも使われたであ・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
・・・その作品がどれほど自分の嗜好からは厭なと思うものでも、またあまりに生硬と思うものでも、それにかかわらず一種の愉快な心持をもって熟視する事が出来た。毎年の文展や院展を見に行ってもこういう自分のいわゆる外道的鑑賞眼を喜ばすものは極めて稀であった・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・ 今回の函館の大火はいかにして成立し得たか、これについていくらかでも正鵠に近い考察をするためには今のところ信ずべき資料があまりに僅少である。新聞記事は例によってまちまちであって、感傷をそそる情的資料は豊富でも考察に必要な正確な物的資料は・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・ いつでも思う事ではあるが、いかに精巧をきわめた造花でも、これを天然の花に比べては、到底比較にならぬほど粗雑なものである。いつかアメリカのどこかの博物館で、有名な製作者の造ったというガラスの花を見たが、それも天然の花に比べてはまるで話に・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
出典:青空文庫