・・・ 恋愛を一種の熱病と見て、解熱剤を用意して臨むことを教え、もしくは造化の神のいたずらと見てユーモラスに取り扱うという態度も、私の素質には不釣り合いのことであろう。 かようにして浪曼的理想主義者としての私の、恋愛運命論を腹の底に持って・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・女性の造化から与えられているさまざまの霊能が恋愛の本能の開発する時期に同時に目をさまし、生き生きとあらわれてくる。美と力とそしてことに霊の憧憬が恋愛の感情とともにあらわれるということは、面白いまたありがたい事実といわねばならぬ。徳、善、道と・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・「ま、五項症に相当するとして……増加がついて二百二十円か。」 足のさきから腰まで樋のような副木にからみつけられている、多分その片脚は切断しなければなるまい、それが福地だった。大腿の貫通銃創だ。「看護長殿、大西、なんぼ貰えます?」・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・鬼工であった、予は先生の遺稿に対する毎に、未だ曽て一唱三嘆、造花の才を生ずるの甚だ奇なるに驚かぬことはない。殊に新聞紙の論説の如きは奇想湧くが如く、運筆飛ぶが如く、一気に揮洒し去って多く改竄しなかったに拘らず、字句軒昂して天馬行空の勢いがあ・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・黒い布を掛け、青い十字架をつけ、牡丹の造花を載せた棺の側には、桜井先生が司会者として立っていた。讃美歌が信徒側の人々によって歌われた。正木未亡人は宗教に心を寄せるように成って、先生の奥さんと一緒に讃美歌の本を開けていた。先生は哥林多後書の第・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・黄色い絹のドレスも上品だし、髪につけているコスモスの造花も、いい趣味だ。田舎のじいさんと一緒である。じいさんは、木綿の縞の着物を着て、小柄な実直そうな人である。ふしくれだった黒い大きい右手には、先刻の菖蒲の花束を持っている。さては此の、じい・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・純白の毛糸のセエタアの、胸には、黄色い小さな薔薇の造花をつけている。机の前に少し膝を崩して坐り、それから眼鏡をはずして、にやにや笑いながらハンケチで眼鏡の玉を、せっせと拭いた。それが終ってから、また眼鏡をかけ、眼を大袈裟にぱちくりとさせた。・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・実際鉄道庁で、この線路の列車の往復を一時増加しようかと評議をした位である。無論急行で、一等車ばかりを聯結しようと云うのであった。 その会議の結果はこうである。親族一同はポルジイに二つの道を示して、そのどれかを行わなくてはならないことにし・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・これも造化の戯れの一つであろうという評判であった。 ある時、友人間でその噂があった時、一人は言った。 「どうも不思議だ。一種の病気かもしれんよ。先生のはただ、あくがれるというばかりなのだからね。美しいと思う、ただそれだけなのだ。我々・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・それだのに体量だけはわずかの間に莫大な増加を見せて、今では白の母鳥のほうがかえってひなの中の大柄なのよりはずっと小さく見えるくらいであった。一方で例のドンファンの雄鳥はと見るとなんとなく羽色がやつれたようで、首のまわりのあの美しい黒い輪も所・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
出典:青空文庫