・・・かなたの森の角、こなたの丘の上にでき上がって、某少将の邸宅、某会社重役の邸宅などの大きな構えが、武蔵野のなごりの櫟の大並木の間からちらちらと画のように見えるころであったが、その櫟の並木のかなたに、貸家建ての家屋が五、六軒並んであるというから・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・そこで幾ら立て替えておいてくれたのかい。」「六百マルクでございます。秘密警察署の方は官吏でございますから、報酬は取りませんが、私立探偵事務所の方がございますので。どうぞ悪しからず。それから潜水夫がお心付けを戴きたいと申しました。」 ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・そしてそれを切り刻んで新しく組立てた「時空の世界像」をそこに安置した。それで重力の秘密は自明的に解釈されると同時に古い力学の暗礁であった水星運動の不思議は無理なしに説明され、光と重力の関係に対する驚くべき予言は的中した。もう一つの予言はどう・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・こんなものを使わなくても、何か鋸屑でも固めたようなもので建築材料を作ってそれで建てたらいいだろうと思う。 美術展覧会に使われている建物もやはり間に合せである。この辺のものはみんな間に合せのものばかりのような気がして、どうも気持が悪い。・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・「それああなた、まだ家が建てこまんからそうですけれど……」「何にしろ広い土地が、まだいたるところにたくさんあるんだね。もちろん東京とちがって、大阪は町がぎっしりだからね。その割にしては郊外の発展はまだ遅々としているよ」「それああ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・煙管を持つ手や、立てている膝頭のわなわな戦いているのも、向合っている主の目によく見えた。「忘れもしねえ、それが丁度九月の九日だ。私はその時、仕事から帰って、湯に行ったり何かしてね、娘どもを相手に飯をすまして、凉んでるてえと、××から忰の・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・しかるに彼ら閣臣の輩は事前にその企を萌すに由なからしむるほどの遠見と憂国の誠もなく、事後に局面を急転せしむる機智親切もなく、いわば自身で仕立てた不孝の子二十四名を荒れ出すが最後得たりや応と引括って、二進の一十、二進の一十、二進の一十で綺麗に・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・赤子に差異はない、なにとぞ二十四名の者ども、罪の浅きも深きも一同に御宥し下されて、反省改悟の機会を御与え下されかしと、身を以て懇願する者があったならば、陛下も御頷きになって、我らは十二名の革命家の墓を建てずに済んだであろう。もしかような時に・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・「また俺らの上納米で建てたんだろべい」 四 そう呟いて善ニョムさんはまた向き直って、肥料を移した手笊を抱えて、調子よく、ヒョイヒョイと掴んで撒きながら、「金の大黒すえてやろ、ホイキタホイ」 麦の芽は、新し・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・此処に停車場を建てて汽車の発着する処となしたのは上野公園の風趣を傷ける最大の原因であった。上野の停車場及倉庫の如きは其の創設の当初に於て水利の便ある秋葉ヶ原のあたりを卜して経営せられべきものであった。然し新都百般の経営既に成った後之を非難す・・・ 永井荷風 「上野」
出典:青空文庫