子規の自筆を二つ持っている。その一つは端書で「今朝ハ失敬、今日午後四時頃夏目来訪只今帰申候。寓所ハ牛込矢来町三番地字中ノ丸丙六〇号」とある。片仮名は三字だけである。「四時頃」の三字はあとから行の右側へ書き入れになっている。・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・左の一篇は、一般に予報の可能なるための条件や、その可能の範囲程度並びにその実用的価値の標準等につきて卑見を述べ、先覚者の示教を仰ぐと同時に、また一面には学者と世俗との間に存する誤解の溝渠を埋むる端緒ともなさんとするものなり。元来この種の問題・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・刷と高速度運搬の可能になった結果としてその日の昼ごろまでの出来事を夕刊に、夜中までの事件を朝刊にして万人の玄関に送り届けるということが可能になった、この事実から、いわゆるジャーナリズムのあらゆる長所と短所が出発するのであろう。 ジャーナ・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・の科学者になると、かえってこうした毛色の変わった問題に好奇的興味を感じ、そうして、人のまだ手を着けない題材の中に何かしら新しい大きな発見の可能性を予想していろいろ想像をめぐらし、何かしら独創的な研究の端緒をその中に物色しようとする。 こ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ この甲乙丙三種の定型はそれぞれに長所と短所をもっている。甲はうっかりにせ物に引っかかるような心配はほとんどない代わりに、どうかするとほんとうに価値のある新しいいいものを見のがす恐れがある。既知の真実を固守するにのみ忠実で未知の真実の可・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・長所であり短所である。時々は世俗のいわゆる大作を見せてくださる事を切望する。 安井會太郎。 「桐の花咲くころ」はこれまでの風景に比べて黄赤色が減じて白と黒とに分化している事に気がつく。これは白日の感じを出しているものと思われる。果物やば・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
・・・ この三月にはまた次のような端書が来た。「始めて貴下の随筆『柿の種』を見初めまして今32頁の鳥や魚の眼の処へ来ました、何でもない事です。試みに御自分の両眼の間に新聞紙を拡げて前に突き出して左右の眼で外界を御覧になると御疑問が解決・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・ 思うに一般相対性原理の長所と同時にまたいくらかの短所があるとすれば、いちばん痛切にそれを感じているのはアインシュタイン自身ではあるまいか。おそらく聡明な彼の目には、なお飽き足らない点、補充を要する点がいくらもありはしないかという事は浅・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・ これだけで端書の余白はもうなくなってしまったが、これが端緒になって私はこの虫について色々の事を考えたり想像したりした。 昔の学者などの中にはほとんど年中、あるいは生涯貧しい薄暗い家の中に引き籠ったきりで深い思索や瞑想に耽っていたよ・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・私は二階の机に凭れてK君に端書を書いていた。端書の面の五分の四くらいまで書くと、もう何も書く事がなくなったので、万年筆を握ったまま、しばらくぼんやり、縁側の手欄越しに庭の楓樹の梢を眺めていた。すると私のすぐ眼の前に突き出ている小枝に簑虫のぶ・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
出典:青空文庫