・・・ 春の新学年前から塾では町立の看板を掛けた。同時に、高瀬という新教員を迎えることに成った。学年前の休みに、先生は東京から着いた高瀬をここへ案内して来た。岡の上から見ると中棚鉱泉とした旗が早や谷陰の空に飜っている。湯場の煙も薄く上りつつあ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・の代わりに、機械的に調律された恒同な雑音と唸り音の交響楽が奏せられていた。 祖母の紡いだ糸を紡錘竹からもう一ぺん四角な糸繰り枠に巻き取って「かせ」に作り、それを紺屋に渡して染めさせたのを手機に移して織るのであった。裏の炊事場の土間の片す・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・「朝 ヌク飯三ワン 佃煮 梅干 牛乳一合ココア入リぐようなあさましい人間の寄り合いを尋ね歩いて、ちぐはぐな心の調律をして回るような人はないものであろうか。 物語に伝えられた最明寺時頼や講談に読まれる水戸黄門は、おそらく自分では一種の・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・詩を書くと、類の少ない「言葉の調律師」であった彼も、ソヴェト農業というものの本質についての理解のしかたは、昔のムジークそっくりであった。彼は「農業機械のきらいな農民」を客観的に歌うのではない。いきなり、直截に、自身の心をむき出して、そんなも・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫