・・・支那に於いては棹の端に五色の糸をかけてお祭りをするのだそうであるが、日本では、藪から切って来たばかりの青い葉のついた竹に五色の紙を吊り下げて、それを門口に立てるのである。竹の小枝に結びつけられてある色紙には、女の子の秘めたお祈りの言葉が、た・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・ 部屋の出口の壁に吊り下げられている二重廻しに、私はもう手をかけていた。 とっさに、うまい嘘も思いつかず、私は隣室の家の者には一言も、何も言わず、二重廻しを羽織って、それから机の引出しを掻きまわし、お金はあまり無かったので、けさ雑誌・・・ 太宰治 「父」
・・・五月、六月、七月、そろそろ藪蚊が出て来て病室に白い蚊帳を吊りはじめたころ、私は院長の指図で、千葉県船橋町に転地した。海岸である。町はずれに、新築の家を借りて住んだ。転地保養の意味であったのだが、ここも、私の為に悪かった。地獄の大動乱がはじま・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・その勲章をもらったが最後、その一週間は、家に在るとき必ず胸に吊り下げていなければいけないというのであるから、家族ひとしく閉口している。母は、舅に孝行であるから、それをもらっても、ありがたそうな顔をして、帯の上に、それでもなるべく目立たないよ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・そうしてその一端を指でつまんで高く空中に吊り下げた真下へ仰向いた自身の口をもって行って、見る間にぺろぺろと喰ってしまって、そうしてさもうまそうに舌鼓をつづけ打った。その時の庫次爺の顔を四十余年後の今朝ありありと思い浮べたのである。どうしてそ・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・傘のように開いた荷揚器械が間断なく働いて大きな函のようなものを吊り揚げ吊り降ろしている。 ドイツの兵隊が大勢急がしそうにそこらをあちこちしている。 不意に不思議な怪物が私の眼の前に現われて来た。それはちょうど鶴のような恰好をした自働・・・ 寺田寅彦 「夢」
・・・首っ吊りしてやがらあ。はてな、俺のバスケットをどこへ持って行きやがったんだろう。おや、踏んづけてやがら、畜生! 叶わねえなあ、こんな手合にかかっちゃ。だが、この野郎白っぱくれて、網を張ってやがるんじゃねえかな。バスケットの中味を覗いたのたあ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・然し、首に綱をつけて吊り下すことはできた。ただ、そうすると、病人は、もっと早く死ぬことになるのだった。 どうして卸したらいいだろう。 謎のような話であった。 けれども、コレラは容赦をしなかった。 水火夫室から、倉庫へ下りる事・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・胸に小さい宮を懸けて、それに紅で縫った括猿などを吊り下げ、手に鈴を振って歩く乞食である。 その時九郎右衛門、宇平の二人は文吉に暇を遣ろうとして、こう云った。これまでも我々は只お前と寝食を共にすると云うだけで、給料と云うものも遣らず、名の・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・携帯品預所で栖方は、受け取った短剣を腰に吊りつつ梶に、「僕は功一級を貰うかもしれませんよ。」と云って、元気よく上着を捲くし上げた。 外へ出て真ッ暗な六本木の方へ、歩いていくときだった。また栖方は梶に擦りよって来ると、突然声をひそめ、今ま・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫