・・・ みんなはてんでに叫びました。又三郎はマントのかくしから、うすい黄色のはんけちを出して、額の汗を拭きながら申しました。「僕ね、もっと早く来るつもりだったんだよ。ところがあんまりさっき高いところへ行きすぎたもんだから、お前達の来たのが・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・その時、霧がはれましたので、角のある石は、空を向いて、てんでに勝手なことを考えはじめました。 ベゴ石も、だまって、柏の葉のひらめきをながめました。 それから何べんも、雪がふったり、草が生えたりしました。かしわは、何べんも古い葉を落し・・・ 宮沢賢治 「気のいい火山弾」
・・・ ジョバンニは、遁げるようにその眼を避け、そしてカムパネルラのせいの高いかたちが過ぎて行って間もなく、みんなはてんでに口笛を吹きました。町かどを曲るとき、ふりかえって見ましたら、ザネリがやはりふりかえって見ていました。そしてカムパネルラ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 風が一そうはげしくなってひのきもまるで青黒馬のしっぽのよう、ひなげしどもはみな熱病にかかったよう、てんでに何かうわごとを、南の風に云ったのですが風はてんから相手にせずどしどし向うへかけぬけます。 ひなげしどもはそこですこうししずま・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
・・・ ぞくぞく陽気な婦人労働者が入って来た。てんでに床几へかける。メーラがジャケットのポケットへ両手を突こんで、やって来て、赤い布のかかったテーブルの前へ坐った。 最後に一かたまり、賑やかに何か喋りながら入って来た連中を見ると、おや、そ・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・と、てんでに印象を述べだす。他人はいない。コンムーナの者ばっかりだ。何遠慮すべえとめいめいのふだんつかっている言葉で、ふだんの心持から、実際の経験からわり出した標準で批評をする。八年前から、この不思議に熱烈なロシアの田舎教師は、そういう・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・作家が自身の作品に深々と腰をおろしている姿には殆ど接し得ないという、「作品と作家の間の不幸な関係は、そのままで放置すれば、作品と作家がすっかり離縁して、てんでに何処へ漂流するかも知れないのだ。小説の前途について、いろいろ不安の説を聞くが、私・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・ 冬の落日が木の梢に黄に輝く時、煉瓦校舎を背に枯草に座った私共が円くなって、てんでに詠草を繰って見た日を。 安永先生が浪にゆられゆられて行く小舟の様に、ゆーらりゆーらりと体をまえうしろにゆりながら、十代の娘の様な傷的な響で、日中に見・・・ 宮本百合子 「たより」
・・・そこで外套をきた若い男が二人、てんでにちがった方角を見ながら煙草をふかしていた。三階の書籍かり出しのところとカタログ室とは、もとからここにこうしてあっただろうか、いかにも埃っぽくて奥が深く暗い書庫に向って、裁判所めいた高い卓があるところは、・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・皆、相当に満足しててんでにかなり重いものを持って家へかえったのは午後もかなりになって居た。私と女中は二人とも重いものをさげて居る。村の酒屋からの酢は中が割ってあるので買って来たビール瓶をさげ、砂糖と洗濯シャボンと髪の油と、そんなまとまりのな・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫