・・・の役人は職業の世話をしてくれないばかりか、テンから邪魔者扱いである。「こっちにはお前らよりもっとやすい賃銀で働く中国の労働者がいくらでもいるから用はない」そう云って放り出された、とり合ってくれぬ。「満州国」がわれわれ大衆の暮しをよくする・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・ 一廻りして帰りかけた時、コールテンの足袋を履いて居る足の指の先が痛くなって来た。 どうかするとつまずきそうになる。片手には大きな番傘を持ち、左の手は袖の口に入れて、袖口の処を一寸指先だけで内側にまげ肱を張って調子を取り、一足歩いて・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・一匹のテントウ虫が地面から這い上って、青い細い草をのぼった。自分の体の重みで葉っぱを揺ら揺らさせ、どっちへ行こうかと迷っているようであった。地面の湿っぽい香と秋日和の草の匂いとが混ってある。 みのえは、涙を落しそうな心持で、然し泣かずそ・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・六段をやるのだがテントンシャンとなだらかにゆかず、三味線も尺八も、互にもたれあって、テン、トン、シャン、とやっとこ進む。大いに愛嬌があって微笑した。けれども困るので、尺八氏と相談し夜は静にしてお貰いすることとする。十二月三十日。・・・ 宮本百合子 「湯ヶ島の数日」
・・・「阿呆なこと云うてんと、置いといてやらえな。」「こんな奴置く位なら、石の頭巾冠ってる方が、ましじゃ。」 勘次は今が引き時だと思った。そして、そのまま黙って帰りかけると、秋三は彼を呼びとめた。「勘公、此奴をどうするつもりや。」・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫