・・・個人の一挙一動は寒天のような濃厚な媒質を透して伝播するのである。 反応を要求しない親切ならば受けてもそれほど恐ろしくないが、田舎の人の質樸さと正直さはそのような投げやりな事は許容しない。それでこれらの人々から受けた親切は一々明細に記録し・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・いつの時代にか南洋またはシナからいろいろな農法が伝わり、一方ではまた肉食を忌む仏教の伝播とともに菜食が発達し、いつとなく米穀が主食物となったのではないかというのはだれにも想像されることである。しかしそうした農業がわが国の風土にそのまま適して・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・そうだとすれば、これだけの強勢な伝播と感染の能力を享有する七五の定数にはやはりそうなるだけの内在的理由があると考えるよりほかに道はないであろうと思われる。 要するに七五の定数律は人のこしらえたものではなくて、ひとりで生まれひとりで生長し・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・ともかくも気温や風の特異な垂直分布による音響の異常伝播と関係のある怪異であろうと想像される。今では遠い停車場の機関車の出し入れの音が時として非常に間近く聞こえるといったような現象と姿を変えて注意されるようになった。たぬきもだいぶ・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・ それで火災を軽減するには、一方では人間の過失を軽減する統制方法を講究し実施すると同時に、また一方では火災伝播に関する基礎的な科学的研究を遂行し、その結果を実地に応用して消火の方法を研究することが必要である。 もちろん従来でも一部の・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・後にはエーテルと称する仮想物質の弾性波と考えられ、マクスウェルに到ってはこれをエーテル中の電磁的歪みの波状伝播と考えられるに到った。その後アインスタイン一派は光の波状伝播を疑った。また現今の相対原理ではエーテルの存在を無意味にしてしまったよ・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・この考えは更に電波の現象によって確かめらるるに至った。この考えによれば電子の荷電のエネルギーは電子その物に存すると考えるよりは、むしろその範囲の空間に存すると思われるのである。すなわち空間に電場の中心がある、それが電子であると考えられる。こ・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・熱の輻射も無線電信の電波も一つの連続系の部分になってしまって光という言葉の無意味なために今では輻射線という言葉に蹴落とされてしまったのである。 今日のように非人間的に徹底したように見える物理学でもまだ徹底しない分子を捜せばいくらでも残っ・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・ところが光線伝播は直線的であるので二つの目が同時に対象に向かっていなければならない。従って、二つが前面に並んでいないと不都合である。これに反して音の場合には音波が頭で回折されるから、一つの耳の反対の側から来る音でもその耳に到達する。しかし正・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・ 現象の本性に関する充分な知識なしに、ただ電気のテクニックの上皮だけをひとわたり承知しただけで、すっかりラディオ通になってしまったいわゆるファンが、電波伝播の現象を少しも不思議と思ってみる事もなしに、万事をのみこんだ顔をしているのがおか・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
出典:青空文庫