・・・ただそれは、当時の天主教徒の一人が伝聞した所を、そのまま当時の口語で書き留めて置いた簡単な覚え書だと云う事を書いてさえ置けば十分である。 この覚え書によると、「さまよえる猶太人」は、平戸から九州の本土へ渡る船の中で、フランシス・ザヴィエ・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・大森は机に向かって電報用紙に万年筆で電文をしたためているところ、客は上着を脱いでチョッキ一つになり、しきりに書類を調べているところ、煙草盆には埃及煙草の吸いがらがくしゃくしゃに突きこんである。 大森は名刺を受けとってお清の口上をみなまで・・・ 国木田独歩 「疲労」
・・・という電文を、田舎の家にあてて頼信紙に書きしたためながら、当時三十三歳の長兄が、何を思ったか、急に手放しで慟哭をはじめたその姿が、いまでも私の痩せひからびた胸をゆすぶります。父に早く死なれた兄弟は、なんぼうお金はあっても、可哀想なものだと思・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・肩で烈しく息をしながら、電文をしたためた。 サンショウミツケタ」テンポウカン」ヨドエムラノヤツ」ユムラニテ 何が何やらわからない電文になった。その頼信紙は引き裂いて、もう一枚、頼信紙をもらい受けて、こんどは少し考えて、まず私の居所姓・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・その後伊吹山に観測所が設置された事を伝聞した時にも、そこの観測の結果に対して特別な期待をいだいたわけであった。 冬季における伊吹山地方の気象状態を考える前には、まずこの地方の地勢を明らかにしておく必要がある。琵琶湖の東北の縁にほぼ平行し・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・分等より一年前のクラスで、K先生という、少し風変り、というよりも奇行を以て有名な漢学者に教わった友人達の受売り話によって、孔子の教えと老子の教えとの間に存する重大な相違について、K先生の奇説なるものを伝聞し、そうして当時それを大変に面白いと・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・ 官海遊泳術というものについてその道に詳しい人の話だというのを伝聞したことがある。それによると学校を卒業して役所へはいって属僚になってもあまり一生懸命にまじめに仕事をするとかえっていけない、そうかと言ってなまけても無論いけないのだそうで・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・ 伝聞するところによると現代物理学の第一人者であるデンマークのニエルス・ボーアは現代物理学の根本に横たわるある矛盾を論じた際に、この矛盾を解きうるまでにわれわれ人間の頭はまだ進んでいないだろうという意味の事を言ったそうである。こ・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・ 道太はまたかと思って、胸がにわかに騒いだ。 電文は三音信ばかりあった。「リツコジウビヨウビヨウメイミテイダイガクヘニウインシタアトフミ」そういう文言であった。 道太はひどく狼狽したが、かろうじて支えていた。「こっちへ来ると・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 明治年間池塘に居を卜した名士にして、わたくしの伝聞する所の者を挙ぐれば既に述べた福地桜痴小野湖山の他には篆刻家中井敬所と箕作秋坪との二人があるのみである。 わたくしは甚散漫ながら以上の如く明治年間の上野公園について見聞する所を述べ・・・ 永井荷風 「上野」
出典:青空文庫