・・・「出鱈目は、天才の特質のひとつだと言われていますけれど。その瞬間瞬間の真実だけを言うのです。豹変という言葉がありますね。わるくいえばオポチュニストです。」「天才だなんて。まさか。」マダムは、僕のお茶の飲みさしを庭に捨てて、代りをいれ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・「それじゃ言うが、そのしどろもどろは僕の特質だ。たぐい稀な特質だ」「しどろもどろの看板」「懐疑説の破綻と来るね。ああ、よして呉れ。僕は掛合い万歳は好きでない」「君は自分の手塩にかけた作品を市場にさらしたあとの突き刺されるよう・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・それが、すぐれた芸術家の特質のようにありがたがっている人もあるようだ。それらの気質は、すべて、すこぶる男性的のもののように受取られているらしいけれども、それは、かえって女性の本質なのである。男は、女のように容易には怒らず、そうして優しいもの・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・勿論子音の排列分布もかなり大切ではあるが、日本語の特質の上からどうしても子音の役割は母音ほど重大とは考えられない。これがロシア語とかドイツ語とかであってみれば事柄はよほどちがって来るが、それでも一度び歌謡となって現われる際にはどうしても母音・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・科学の力をもってしても、日本人の人種的特質を改造し、日本全体の風土を自由に支配することは不可能である。それにもかかわらずこのきわめて見やすい道理がしばしば忘れられる。西洋人の衣食住を模し、西洋人の思想を継承しただけで、日本人の解剖学的特異性・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 管弦楽の指揮者は作曲者と同様に各楽器の特質によく通暁していなければならない。ラッパにセロの音を注文してはならない、セロにファゴットの味を求めてはならない。すべてのものの個性を理解してそれを充分に生かしつつしかもどこまでも全体の効果へと・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・新らしい波はとにかく、今しがたようやくの思で脱却した旧い波の特質やら真相やらも弁えるひまのないうちにもう棄てなければならなくなってしまった。食膳に向って皿の数を味い尽すどころか元来どんな御馳走が出たかハッキリと眼に映じない前にもう膳を引いて・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ 万年筆の丸善に於る需要をそう解釈した余は、各種の万年筆の比較研究やら、一々の利害得失やらに就て一言の意見を述べる事の出来ないのを大いに時勢後れの如くに恥じた。酒呑が酒を解する如く、筆を執る人が万年筆を解しなければ済まない時期が来るのは・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・親の愛は実に純粋である、その間一毫も利害得失の念を挟む余地はない。ただ亡児の俤を思い出ずるにつれて、無限に懐かしく、可愛そうで、どうにかして生きていてくれればよかったと思うのみである。若きも老いたるも死ぬるは人生の常である、死んだのは我子ば・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・その原因は他なし、この改進者流の人々が、おのおのその地位におりて心情の偏重を制すること能わず、些々たる地位の利害に眼をおおわれて事物の判断を誤り、現在の得失に終身の力を用いて、永遠重大の喜憂をかえりみざるによりて然るのみ。 内閣にしばし・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
出典:青空文庫