・・・ まあ落着きなさい、それからとっくりと考えてみなさい…… 彼女は、上気せていた頭から、ほどよく血が冷やされるのを感じた。そして、非常にすがすがしい、新らしい、眼の中がひやひやするような心持になった彼女は、もうまごつかなかった。あっち・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・闘い取った幾らかの金が一人一人の働く人を人生的に何処かでうるおしたことがはっきりと自覚されるか、あるいは、そのようなたたかいそのものの人民的な歴史の上での意味が、とっくりのみこめて肚におさまるように政治的に導びかれなかったということ、経済主・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
・・・そう思って見ていると、その男は立札のところで歩調をゆるめ、自立会という三つの字を改めてとっくりたしかめるように見て、それなり来た道をまっすぐ雑木林の方へおりて行った。 太いタイアの跡が柔かい土にめりこんでついている。草道はそこから自立会・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ところが「その女の足ときたら――太くてまるで撫で肩の徳利を逆にしたようだ。」 時によると、女客が仰山な声で、「あら、いやだ。擽ったいわ!」などと叫んだ。「どう致しまして! これは……その、丁重に致しましたんで……」 或る・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・富田君の処の徳利は片附けてはいけない。」「いや。これを持って行かれては大変。」富田は鰕のようになった手で徳利を押えた。そして主人にこう云った。「一体御主人の博聞強記は好いが、科学を遣っているくせに仏法の本なんかを読むのは分からないて・・・ 森鴎外 「独身」
・・・そして晩になると、その一合入りの徳利を紙撚で縛って、行燈の火の上に吊るしておく。そして燈火に向って、篠崎の塾から借りて来た本を読んでいるうちに、半夜人定まったころ、燈火で尻をあぶられた徳利の口から、蓬々として蒸気が立ちのぼって来る。仲平は巻・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫