・・・――そら、どかどかと踏込むでしょう。貴方を抱いて、ちゃんと起きて、居直って、あいそづかしをきっぱり言って、夜中に直ぐに飛出して、溜飲を下げてやろうと思ったけれど……どんな発機で、自棄腹の、あの人たちの乱暴に、貴方に怪我でもさせた日にゃ、取返・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ この、もの淑なお澄が、慌しく言葉を投げて立った、と思うと、どかどかどかと階子段を踏立てて、かかる夜陰を憚らぬ、音が静寂間に湧上った。「奥方は寝床で、お待ちで。それで、お出迎えがないといった寸法でげしょう。」 と下から上へ投掛け・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ どかどかどかと来て、「旦那さんか、呼んだか。」「ああ、呼んだよ。」 と息を吐いて、「どうにかしてくれ。――どこを探しても呼鈴はなし、手をたたいても聞えないし、――弱ったよ。」「あれ。」 と首も肩も、客を圧して、・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 私たちは躊躇せず下宿の門をくぐり、玄関から、どかどか二階へ駈けあがった。 佐伯が部屋の障子をあけようとすると、「待って下さい。」と懸命の震え声が聞えた。やはり、女のように甲高い細い声であったが、せっぱつまったものの如く、多少は・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・またひとしきりどかどかと続いて来るかと思うとまたぱったり途絶えるのである。それが何となく淋しいものである。 しばらく人の途絶えたときに、仏になった老人の未亡人が椅子に腰かけて看護に疲れたからだを休めていた。その背後に立っていたのは、この・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・けれどもまたじっとその鳴ってほえてうなって、かけて行く風をみていますと、今度は胸がどかどかとなってくるのでした。 きのうまで丘や野原の空の底に澄みきってしんとしていた風が、けさ夜あけ方にわかにいっせいにこう動き出して、どんどんどんどんタ・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・けれども又じっとその鳴って吠えてうなってかけて行く風をみていますと今度は胸がどかどかなってくるのでした。昨日まで丘や野原の空の底に澄みきってしんとしていた風どもが今朝夜あけ方俄かに一斉に斯う動き出してどんどんどんどんタスカロラ海床の北のはじ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ ジョバンニは、頂の天気輪の柱の下に来て、どかどかするからだを、つめたい草に投げました。 町の灯は、暗の中をまるで海の底のお宮のけしきのようにともり、子供らの歌う声や口笛、きれぎれの叫び声もかすかに聞えて来るのでした。風が遠くで鳴り・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・そして踊り済まってがら家さ連れで来ておれ実家さ行って泊って来るがらうなこっちで泣いて頼 おみちの胸はこの悪魔のささやきにどかどか鳴った。それからいきなり嘉吉をとび退いて、そして爽かに笑った。嘉吉もごろりと寝そべって天井を見ながら何べ・・・ 宮沢賢治 「十六日」
・・・実際それを一ぱいとることを考えると胸がどかどかするのでした。 ところがその日は朝も東がまっ赤でどうも雨になりそうでしたが私たちが柏の林に入ったころはずいぶん雲がひくくてそれにぎらぎら光って柏の葉も暗く見え風もカサカサ云って大へん気味が悪・・・ 宮沢賢治 「谷」
出典:青空文庫