・・・彼はすぐに立ち上ると、真鍮の手すりに手を触れながら、どしどし梯子を下りて行った。 まっすぐに梯子を下りた所が、ぎっしり右左の棚の上に、メリヤス類のボオル箱を並べた、手広い店になっている。――その店先の雨明りの中に、パナマ帽をかぶった賢造・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・と口も気もともに軽い、が、起居が石臼を引摺るように、どしどしする。――ああ、無理はない、脚気がある。夜あかしはしても、朝湯には行けないのである。「可厭ですことねえ。」 と、婀娜な目で、襖際から覗くように、友染の裾を曳いた櫛巻の立姿。・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・聞きゃ一人息子が兵隊になってるというじゃねえか、おおかた戦争にも出るんだろう、そんなことなら黙っていないで、どしどし言い籠めて隙あ潰さした埋め合わせに、酒代でもふんだくってやればいいに」「ええ、めっそうな、しかし申しわけのためばかりに、・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・――その赤蜻蛉の刺繍が、大層な評判だし、分けて輸出さきの西洋の気受けが、それは、凄い勢で、どしどし註文が来ました処から、外国まで、恥を曝すんだって、羽をみんな、手足にして、紅いのを縮緬のように唄い囃して、身肌を見せたと、騒ぐんでしょう。」・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・座敷を歩くたって品ぶってなど歩いてはいない。どしどし足踏みして歩く。起こされないたって寝ていられるもんでない。姉は二度起こしても省作がまだ起きないから、少しぷんとしてなお荒っぽく座敷を掃く。竈屋の方では、下女が火を焚き始めた。豆殻をたくので・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・「やっこさん、あの雨にどしどし降られたので、どうにもこうにもやりきれなくなって、そこの土手からころがり落ちて線路の上へぶったおれたのでしょう。」と、人夫は見たように話す。「なにしろ哀れむべきやつサ。」と巡査が言って何心なく土手を見る・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・私もそれで幸いにどしどし他の生徒を乗越して抜擢されて、十三の年に小学校だけは卒業して仕舞った。 この小学校に通って居る間に種々の可笑しい話があるので。同級の生徒の中に西勃平というのと細川順太郎というのと私と、先ず此三人が年も同じ十一二歳・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・それから、君、電車が出来て交通は激しくなる――市区改正の為にどしどし町は変る――東京は今、革命の最中だ」「海老茶も勢力に成ったね」と原は思出したように。「うん海老茶か」と相川は考深い眼付をして言った。「女も変った」と原は力を入れ・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・女の子たちは、そんな織女星の弱味に附け込んで遠慮会釈もなく、どしどし願いを申し出るのだ。ああ、女は、幼少にして既にこのように厚かましい。けれども、男の子は、そんな事はしない。織女が、少からずはにかんでいる夜に、慾張った願いなどするものではな・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・雪の感じが出ない。どしどし降る、これも、いけない。それでは、ひらひら降る、これはどうか。まだ足りない。さらさら、これは近い。だんだん、雪の感じに近くなって来た。これは、面白い、とひとりで首を振りながら感服なさって腕組みをし、しとしとは、どう・・・ 太宰治 「千代女」
出典:青空文庫