・・・「おっと、どっこい。」「うむ、放せ。」「姐さん、放しておやり。」「危え、旦那さん。」「いや、私はまだその人に、殺されも、斬られもしそうな気はしない。お放し。」「おお、もっともな、私がこの手を押えているで、どうする事も・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・あらぬか、それか、何にしても妙ではない、かようなものを間の内へ入れてはならずと、小宮山は思案をしながら、片隅を五寸か一尺、開けるが早いか飛込んで、くるりと廻って、ぴしゃりと閉め、合せ目を押え附けて、どっこいと踏張ったのでありまする。しばらく・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・いや、どっこい。」 と一段踏む。「いや、どっこい。」 お米が莞爾、「ほほほ、そんな掛声が出るようでは、おじさん。」「何、くたびれやしない。くたびれたといったって、こんな、提灯の一つぐらい。……もっとも持重りがしたり、邪魔・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・然し、その時の俺の考えの底には、お前たちがいくら俺たちを留置場へ入れて苦しめようたって、どっこい、そんなに苦しんでなんかいないんだ、という考えがあったのだ。「ま、もう少しの我慢ですよ。」 検事が鞄をかゝえこんで、立ち上るとき云った。・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・「待て。」「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに王城へ行かなければならぬ。放せ。」「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け。」「私にはいのちの他には何も無い。その、たった一つの命も、これから王にくれてやるのだ。」「その、・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・体のふりかた、道具をひっくりかえす威勢のいい敏捷な音、どれもが、こげるぞ、どっこい。こがすな、どっこい。と調子をとっているようだった。雨のふる日には、菊見せんべいの店の乾いた醤油のかんばしい匂いが一層きわだった。 菊見せんべいへ行く・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・ それから優しい女の声で「かりかあかりか、どっこいさのさ」と、節を附けて呼んで通るのが聞える。植物採集に持って行くような、ブリキの入物に花櫚糖を入れて肩に掛けて、小提灯を持って売って歩くのである。 伝便や花櫚糖売は、いつの時侯にも来・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫