・・・そのまま、茄子の挫げたような、褪せたが、紫色の小さな懐炉を取って、黙って衝と技師の胸に差出したのである。 寒くば貸そう、というのであろう。…… 挙動の唐突なその上に、またちらりと見た、緋鹿子の筒袖の細いへりが、無い方の腕の切口に、べ・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・……菜大根、茄子などは料理に醤油が費え、だという倹約で、葱、韮、大蒜、辣薤と申す五薀の類を、空地中に、植え込んで、塩で弁ずるのでございまして。……もう遠くからぷんと、その家が臭います。大蒜屋敷の代官婆。…… ところが若夫人、嫁御というの・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・いうものの肉体上精神上、実に根本問題を解決するの力がある、其美風を有せる歌人にあっては、此研究や自覚は遠き昔に於て結了せられたであろう、多くの人は晩食に臨で必ず容儀を整え女子の如きは服装を替えて化粧をなす等形式六つかしきを見て、単に面倒なる・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ それでも或日の四時過ぎに、母の云いつけで僕が背戸の茄子畑に茄子をもいで居ると、いつのまにか民子が笊を手に持って、僕の後にきていた。「政夫さん……」 出し抜けに呼んで笑っている。「私もお母さんから云いつかって来たのよ。今日の・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・居た、見ると兼公の家も気持がよかった、軒の下は今掃いた許りに塵一つ見えない、家は柱も敷居も怪しくかしげては居るけれど、表手も裏も障子を明放して、畳の上を風が滑ってるように涼しい、表手の往来から、裏庭の茄子や南瓜の花も見え、鶏頭鳳仙花天竺牡丹・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・「そこは御随意になすってもらいましょう。――御窮屈なら、お父さん、おさきへ御飯を持って来させますから」と、僕は手をたたいて飯を呼んだ。「お父さんは御飯を頂戴したら、すぐお帰りよ」と、お袋はその世話をしてやった。 僕は女優問題など・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・しずまんとす 寒光地に迸つて刀花乱る 殺気人を吹いて血雨淋たり 予譲衣を撃つ本意に非ず 伍員墓を発く豈初心ならん 品川に梟示す竜頭の冑 想見る当年怨毒の深きを 曳手・単節荒芽山畔路叉を成す 馬を駆て帰来る日斜き易し 虫喞凄涼・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・坪内博士がイブセンにもショオにもストリンドベルヒにも如何なるものにも少しも影響されないで益々自家の塁を固うするはやはり同じ性質の思想が累をなすのである。最も近代人的態度を持する島村抱月君もまた恐らくこの種の葛藤を属々繰返されるだろう。 ・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・われわれは金を溜めることができず、また事業をなすことができない。それからまたそれならばといって、あなたがたがみな文学者になったらば、たぶん活版屋では喜ぶかもしれませぬけれども、社会では喜ばない。文学者の世の中にふえるということは、ただ活版屋・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・けれど、子供を持ったならば、子供のためにはかることが第一であり、仕事を第二となすべきです。それがまた日本女性としての誇りでもあり、真のつとめでもあります。他人の手に子供を委すべく余儀なくされても、母たるの自覚を失ってはならぬ。姿が見えると否・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
出典:青空文庫