・・・とエレーンは訴うる如くに下よりランスロットの顔を覗く。覗かれたる人は薄き唇を一文字に結んで、燃ゆる片袖を、右の手に半ば受けたるまま、当惑の眉を思案に刻む。ややありていう。「戦に臨む事は大小六十余度、闘技の場に登って槍を交えたる事はその数を知・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・それから直接に官能に訴える人巧的な刺激を除くと、この巣の方が遥かに意義があるように思われるんだから、四辺の空気に快よく耽溺する事ができないで迷っちまいます。こんな中腰の態度で、芝居を見物する原因は複雑のようですが、その五割乃至七割は舞台で演・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・を漱石が独歩君に敬服すると云う意味に解釈するものはないからこの点は安心である。 愚見によると、独歩君の作物は「巡査」を除くのほかことごとく拵えものである。ただしズーデルマンのカッツェンステッヒより下手な拵えものである。花袋君の「蒲団」も・・・ 夏目漱石 「田山花袋君に答う」
・・・右から盾を見るときは右に向って呪い、左から盾を覗くときは左に向って呪い、正面から盾に対う敵には固より正面を見て呪う。ある時は盾の裏にかくるる持主をさえ呪いはせぬかと思わるる程怖しい。頭の毛は春夏秋冬の風に一度に吹かれた様に残りなく逆立ってい・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・と、西宮はわざと手荒く唐紙を開け、無遠慮に屏風の中を覗くと、平田は帯を締め了ろうとするところで、吉里は後から羽織を掛け、その手を男の肩から放しにくそうに見えた。「失敬した、失敬した。さア出かけよう」「まアいいさ」「そうでない、そ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・故に我輩は単に彼等の迷信を咎めずして、其由て来る所の原因を除く為めに、文明の教育を勧むるものなり。一 人の妻と成ては其家を能く保べし。妻の行ひ悪敷放埒なれば家を破る。万事倹にして費を作べからず。衣服飲食抔も身の分限に随ひ用ひて奢・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・我が輩かつていえることあり、方今政談の喋々をただちに制止せんとするは、些少の水をもって火に灌ぐが如し、大火消防の法は、水を灌ぐよりも、その燃焼の材料を除くに若かずと。けだし学者のために安身の地をつくりてその政談に走るをとどむるは、また燃料を・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・この弊を除くの一事は、議論上には容易なれども、事実に行われざるものなり。その失、三なり。一、官の学校にある者は、みずからその学識を測量せずして、にわかに仕官に志すの弊あり。けだしその達路近ければなり。その失、四なり。一、官の学校は、・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・故に余輩の注意するところは、未だ積極に及ばずして先ずその消極の憂を除くの路に進まんと欲するなり。すなわちその路とは他なし、今の学校を次第に盛にすることと、上下士族相互に婚姻するの風を勧ることと、この二箇条のみ。 そもそも海を観る者は河を・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・これらの教育には、父母を除くほかに更に良き教師を求めんとするも容易に得難きものにして、殊に子供の教育においては、十中の七、八に居るべき大切なる箇条なり。然るに今ただ文字を知らざるの一箇条を以て、他の大切なる箇条をも挙げてこれを他人に託すると・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
出典:青空文庫