・・・ 人々がコーヒーを飲み了ったと思うと、憲兵の伍長が入り口に現われた。かれは問うた、『ここにブレオーテのアウシュコルンがいるかね。』 卓の一端に座っていたアウシュコルンは答えた、『わしはここにいるよ。』 そこで伍長はまた、・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ 或る日九郎右衛門は烟草を飲みながら、りよの裁縫するのを見ていたが、不審らしい顔をして、烟管を下に置いた。「なんだい。そんなちっぽけな物を拵えたって、しようがないじゃないか。若殿はのっぽでお出になるからなあ」 りよは顔を赤くした。「・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・二 本堂の若者達は二人の姿が見えなくなると、彼らの争いの原因について語合いながらまた乱れた配膳を整えて飲み始めた。併し、彼らの話は、唐紙の倒れた形容と、秋三の方が勝味であったと云うこと以外に少しも一致しなかった。が、この二人・・・ 横光利一 「南北」
・・・見ると質朴な田舎者らしい老人夫婦や乳飲み児をかかえた母親や四つぐらいの女の子などが、しょんぼり並んで腰を掛けている。朝からそのままの姿でじっとしていたのではないかと思わせるくらい静かに。その眼には確かに大都会の烈しさに対する恐怖がチラついて・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫