・・・兄の描いた妹の半身像だ。「へえ、末ちゃんだね。」 と、私も言って、しばらく次郎と二人してその習作に見入っていた。「あの三ちゃんが見たら、なんと言うだろう。」 その考えが苦しく私の胸へ来た。二人の兄弟の子供が決して互いの画を見・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・テツさんも私の顔を忘れずにいて呉れて、私が声をかけたら、すぐ列車の窓から半身乗り出して嬉しそうに挨拶をかえしたのである。私はテツさんに妻を引き合せてやった。私がわざわざ妻を連れて来たのは妻も亦テツさんと同じように貧しい育ちの女であるから、テ・・・ 太宰治 「列車」
・・・写楽のごとき敏感な線の音楽家が特に半身像を選んだのも偶然でないと思われる。 写楽以外の古い人の絵では、人間の手はたとえば扇や煙管などと同等な、ほんの些細な付加物として取り扱われているように見える場合が多い。師宣や祐信などの絵に往々故意に・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・前半身を三重四重に折り曲げ強直させて立ち上がった姿は、肩をそびやかし肱を張ったボクサーの身構えそっくりである。そうして絶えずその立ち上がった半身を左右にねじ曲げて敵のすきをねらう身ぶりまでが人間そのままである。これはもちろん人間のまねをして・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
木枯らしの夜おそく神保町を歩いていたら、版画と額縁を並べた露店の片すみに立てかけた一枚の彩色石版が目についた。青衣の西洋少女が合掌して上目に聖母像を見守る半身像である。これを見ると同時にある古いなつかしい記憶が一時に火をつ・・・ 寺田寅彦 「青衣童女像」
・・・書斎にはローマで買って来たという大理石の半身像が幾つもある。サラサン氏は一々その頭をなでその顔をさすって見せるのでした。その中に一つ頭の大きな少年の像があってたいへんにいい顔をしている。先生の一番目の嬢さんがまだ子供の時分この半身像にすっか・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・北方の大阪から神戸兵庫を経て、須磨の海岸あたりにまで延長していっている阪神の市民に、温和で健やかな空気と、青々した山や海の眺めと、新鮮な食料とで、彼らの休息と慰安を与える新しい住宅地の一つであった。 桂三郎は、私の兄の養子であったが、三・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・について云ったように、いくら一握りの青年が前進してもその半身である若い女性が遅れていたら、その互の不幸は深いと思います。 ところがまた女性の側からいうと、男の遅れているということが実際問題になっているのです。男の感情の習慣と生活の形の中・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ ――バタはいいが、いかにも腹にこたえないね、尤もそれでいいんだが…… 焼クロパートカ半身一皿一ルーブル五十カペイキ也。 あっちこっちのテーブルで知らない者同士が他の土地の天候などきき合っていた。 夜、日本茶を入れてのむのに・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・このことの中に、階級の半身としてある婦人大衆の文化水準を高め、日に日に高まる闘争とともに独得な芸術作品を創造させて行くための努力が、プロレタリア文化活動本来の性質として既に予定されているのだ。 一九三二年の国際婦人デーの記念として、日本・・・ 宮本百合子 「国際無産婦人デーに際して」
出典:青空文庫