・・・科学もやはり頭の悪い命知らずの死骸の山の上に築かれた殿堂であり、血の川のほとりに咲いた花園である。一身の利害に対して頭がよい人は戦士にはなりにくい。 頭のいい人には他人の仕事のあらが目につきやすい。その結果として自然に他人のする事が愚か・・・ 寺田寅彦 「科学者とあたま」
・・・せっかく一身を立てさせようと思えばこそ、祖先伝来の田地を減らしてまで学資を給してくれた父を、まあ失望させたような有様で、草深い田舎にこの年まで燻ぶらせているかと思うと、何となく悲しい心持になってしまうのだ。三十にしてなお俗吏なりと云うような・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・記者たる事によって一身の利益を計るに便宜を得るような可能性は始めから除去するような制度組織が必要である。ほんとうに社会の利益のみしか考えない人ばかりならばその必要はないが、この用心はだれも知るとおり今のところどうしても必要である。 もし・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・もちろん人身攻撃ではないので、ただ批評に過ぎないのです。しかもそれがたった二三行あったのです。出たのはいつごろでしたか、私は担任者であったけれども病気をしたからあるいはその病気中かも知れず、または病気中でなくって、私が出して好いと認定したの・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・幼少の時より不整頓不始末なる家風の中に眠食し、厳父は唯厳なるのみにして能く人を叱咤しながら、其一身は則ち醜行紛々、甚だしきは同父異母の子女が一家の中に群居して朝夕その一父衆母の言語挙動を傍観すれば、父母の行う所、子供の目には左までの醜と見え・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・、その事実を証すべきなれば、政治も学問も、その専業に非ざるより以外は、ただ大体の心得にしてやみ、尋常一様の教育を得たる上は、おのおのその長ずるところにしたがい、広き人間世界にいて随意に業を営み、もって一身一家のためにし、またしたがって国のた・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ 大略これを区別すれば、第一に一身を大切にして健康を保つこと。第二に活計の道、渡世の法を求めて衣食住に不自由なく生涯を安全に送ること。第三に子供を養育して一人前の男女となし、二代目の世の中にては、その子の父母となるに差支なきように仕込む・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・ただし飲酒は一大悪事、士君子たる者の禁ずべきものなれば、その入費を用意せざるはもちろんなれども、魚肉を喰らわざれば、人身滋養の趣旨にもとり、生涯の患をのこすことあるゆえ、おりおりは魚類獣肉を用いたきものなり。一ヶ月六両にては、とても肉食の沙・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾新議」
・・・とても原稿料なぞじゃ私一身すら持耐えられん。況や家道は日に傾いて、心細い位置に落ちてゆく。老人共は始終愁眉を開いた例が無い。其他種々の苦痛がある。苦痛と云うのは畢竟金のない事だ。冗い様だが金が欲しい。併し金を取るとすれば例の不徳をやらなけれ・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・「いや若様、雷が参りました節は手前一身におんわざわいをちょうだいいたします。どうかご安心をねがいとう存じます」 シグナルつきの電信柱が、いつかでたらめの歌をやめて、頭の上のはりがねの槍をぴんと立てながら眼をパチパチさせていました。・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
出典:青空文庫