・・・ 瓢箪に宿る山雀、と言う謡がある。雀は樋の中がすきらしい。五、六羽、また、七、八羽、横にずらりと並んで、顔を出しているのが常である。 或殿が領分巡回の途中、菊の咲いた百姓家に床几を据えると、背戸畑の梅の枝に、大な瓢箪が釣してある。梅・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・定紋つきの塗長持の上に据えた緋の袴の雛のわきなる柱に、矢をさした靱と、細長い瓢箪と、霊芝のようなものと一所に掛けてあった、――さ、これが変だ。のちに思っても可思議なのだが、……くれたものというと払子に似ている、木の柄が、草石蚕のように巻きぼ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・燈籠やら、いくつにも分岐した敷石の道やら、瓢箪なりの――この形は、西洋人なら、何かに似ていると言って、婦人の前には口にさえ出さぬという――池やら、低い松や柳の枝ぶりを造って刈り込んであるのやら例の箱庭式はこせついて厭なものだが、掃除のよく行・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 新吉はベンチに腰掛けながら、栓抜き瓢箪がぶら下ったようなぽかんとした自分の姿勢を感じていた。 新吉はよく「古綿を千切って捨てたようにクタクタに疲れる」という表現を使ったが、その古綿の色は何か黄色いような気がしてならなかった。 ・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・「おお、五体は宙を飛んで行く、これぞ甲賀流飛行の術、宙を飛んで注進の、信州上田へ一足飛び、飛ぶは木の葉か沈むは石田か、徳川の流れに泛んだ、葵を目掛けて、丁と飛ばした石田が三成、千成瓢箪押し立てりゃ、天下分け目の大いくさ、月は東に日は西に・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・坂田の言葉をかりていえば、栓ぬき瓢箪のようにぽかんと気を抜いた余裕がある。大阪の性格であろう。やはり私は坂田の方を選んだ。つまりは私が坂田を書いたのは、私を書いたことになるのだ。してみれば、私は自分を高きに置いて、坂田を操ったのではない。私・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・ 棺桶の中にも酒をつめた瓢箪が入れられた。「この酒も入れてあげて下さい」 と言って香奠がわりに持って来る人もあった。それくらい酒好きで通っていたのだ。 そして、それほど好きな酒を、いやというほど飲んだのだから、結局はしあわせ・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・東京と大阪の感情は、永遠に氷炭相容れざるものと思う。だから、東京中心の今日の文学感情が、織田氏に反感を感じたことは、織田氏にとっては、それだけに大阪的であったということにもなるのであって、逆にいえば名誉である。おそらく、あの作品は大阪の読者・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・叔父さんは弁当を出して二人、草の上に足を投げだして食いはじめた。僕はこの時ほどうまく弁当を食ったことは今までにない。叔父さんは瓢箪を取り出して独酌をはじめた。さもうまそうに舌打ちして飲んでござった。『これでおれが一つ打つと一そう酒がうま・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ この二者は、古来氷炭相容れざるもののごとくに考えられていた。また事実において、しばしば矛盾もし、衝突もした。しかし、この矛盾・衝突は、ただ四囲の境遇のためによぎなくせられ、もしくは養成せられたので、その本来の性質ではない。いな、彼らは・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
出典:青空文庫