・・・「成経様は御年若でもあり、父君の御不運を御思いになっては、御歎きなさるのもごもっともです。」「何、少将はおれと同様、天下はどうなってもかまわぬ男じゃ。あの男は琵琶でも掻き鳴らしたり、桜の花でも眺めたり、上臈に恋歌でもつけていれば、そ・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・沼南は当時の政界の新人の領袖として名声藉甚し、キリスト教界の名士としてもまた儕輩に推されていたゆえ、主としてキリスト教側から起された目覚めた女の運動には沼南夫人も加わって、夫君を背景としての勢力はオサオサ婦人界を圧していた。 丁度巌本善・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 風説は風説を生じ、弁明は弁明を産み、数日間の新聞はこの噂の筆を絶たなかったが、いくばくもなく風説の女主人公たる貴夫人の夫君が一足飛びの栄職に就いたのが復たもや疑問の種子となって、喧々囂々の批評が更に新らしく繰返された。 が、風説は・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 父君ブラゼンバートは、嬰児と初の対面を為し、そのやわらかき片頬を、むずと抓りあげ、うむ、奇態のものじゃ、ヒッポのよい玩具が出来たわ、と言い放ち、腹をゆすって笑った。ヒッポとは、ブラゼンバートお気にいりの牝獅子の名であった。アグリパイナ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・と疳違をしたものと見えて「いつか夏目さんといっしょに皆でウィンブルドンへでも行ったらどうでしょう」と父君と母上に向って動議を提出する、父君と母上は一斉に余が顔を見る、余ここにおいてか少々尻こそばゆき状態に陥るのやむをえざるに至れり、さりなが・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・このことおもてより願わばいとやすからんとおもえど、それのかなわぬは父君のみ心うごかしがたきゆえのみならず。われ性として人とともに歎き、人とともに笑い、愛憎二つの目もて久しく見らるることを嫌えば、かかる望みをかれに伝え、これにいいつがれて、あ・・・ 森鴎外 「文づかい」
出典:青空文庫