・・・終戦になって、何が何やら、ただへとへとに疲れて、誇張した言い方をするなら、ほとんど這うようにして栃木県の生家にたどりつき、それから三箇月間も、父母の膝下でただぼんやり癈人みたいな生活をして、そのうちに東京の、学生時代からの文学の友だちで、柳・・・ 太宰治 「女類」
・・・手伝いなどして、とうとう私はその木賃宿に連れて行かれ、それがまあ悪縁のはじまりでございまして、二つの屋台をくっつけて謂わばまあ店舗の拡張という事になり、私は大工さんの仕事やら、店の品の仕入れやら、毎日へとへとになるまで働き、婆と娘は客の相手・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・切り換えがあり、こんな片田舎の三等郵便局でも、いやいや、小さい郵便局ほど人手不足でかえって、てんてこ舞いのいそがしさだったようで、あの頃は私たちは毎日早朝から預金の申告受附けだの、旧円の証紙張りだの、へとへとになっても休む事が出来ず、殊にも・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・まねごとだけでも、机にからだを縛りつけて、もそもそやっていると、夜までには、かなりからだも疲れている。へとへとのことさえ、あります。そんなに自信のあるからだでもないのだから、私は、そろそろ寝なければならぬ。寝る。けれども、すぐには眠れない。・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・二年は、生きた。へとへとだった。討死と覚悟きめて、母のたった一つの形見の古い古い半襟を恥ずかしげもなく掛けて店に出るほど、そんなにも、せっぱつまって、そこへ須々木乙彦が、あらわれた。 はじめ、ゆらゆら眼ざめたときには、誰か男の腕にしっか・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・塩釜から小さな汽船に乗って美しい女学生の一行と乗合せたが、土用波にひどく揺られてへとへとに酔ってしまって、仙台で買って来たチョコレートをすっかり吐いてしまった。釜石の港へはいると、何とも知れない悪臭が港内の空気に滲み渡っていて、浜辺に近づく・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・ なんべんも谷へ降りてまた登り直して犬もへとへとにつかれ小十郎も口を横にまげて息をしながら半分くずれかかった去年の小屋を見つけた。小十郎がすぐ下に湧水のあったのを思い出して少し山を降りかけたら愕いたことは母親とやっと一歳になるかならない・・・ 宮沢賢治 「なめとこ山の熊」
・・・宅はへとへとになって帰って来たのに、ここじゃドッタン、バッタン! 休めやしない! こんなことだと分ってりゃ引越してなんぞ来なかったんです。」 流行もなにもないぼってりした恰好で、後れ毛を頬にたらした無学なおとなしいグラフィーラは、自分達・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・「おどかしてあげる、――どこまでもあんたが弱ってへとへとになって死んでしまうまで」「そんな美くしいかおをしてそんなこわらしい事を云うのは御よし……」「およしだって、貴んたは私になんでも御よしと云う事は出来ないと思ってらっしゃい。・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・実に何か内部的な一つの世界の前に扉があきかかっているのを見ているような、独得の感じです。へとへとにならず着実にやってゆきます。少し力をこめた作品をかく心持は本当に自分が生むもので又同時にうまれるもののような快い苦痛がある。只今は構成です。一・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫