・・・涙がほろほろ出る。ひと思に身を巨巌の上にぶつけて、骨も肉もめちゃめちゃに砕いてしまいたくなる。 それでも我慢してじっと坐っていた。堪えがたいほど切ないものを胸に盛れて忍んでいた。その切ないものが身体中の筋肉を下から持上げて、毛穴から外へ・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・』 と、眼には涙がほろほろと溢れてお居ででしたが、『お前さんが戦死さッしゃッても、日本中の人の為だと思って私諦めるだからね、お前さんも其気で……ええかね。』と、赤さんを抱いてお居での方は袖に顔を押当てお了いでした。 涙を拭いたのは、・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・うやうやしく祠前に手をつきて拝めば数百年の昔、目の前に現れて覚えずほろほろと落つる涙の玉はらいもあえず一もとの草花を手向にもがなと見まわせども苔蒸したる石燈籠の外は何もなし。思いたえてふり向く途端、手にさわる一蓋の菅笠、おおこれよこれよとそ・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・そのとき鰯もつぐみもまっ黒な鯨やくちばしの尖ったキスも出来ないような鷹に食べられるよりも仁慈あるビジテリアン諸氏に泪をほろほろそそがれて喰べられた方がいいと云わないだろうか。それから今度は菜食だからって一向安心にならない。農業の方では害虫の・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫