・・・しかも、気持よく、ぽっと酔う。そこでだ、僕は、彼等から一升をわけてもらって、彼等と共に大いに飲んだ。やはり、サントリイに限る、サントリイを飲むと、他の酒はまずくて飲まれん、なんて僕はお世辞を言ってね、そうして妙に悲しかったよ。あ、そうだ、煙・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・はじめ軒端を伝って、ちょろちょろ、まるで鼠のように、青白い焔が走って、のこぎりの歯の形で、三角の小さい焔が一列に並んでぽっと、ガス燈が灯るように軒端に灯って、それから、ふっと消える。軒端の材木から、熱のためにガスが噴き出て、それに一先ず点火・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・そのころ杉野君は、東中野のアパートから上野の美術学校に通っていたのであるが、その同じアパートに私も住んでいて、廊下で顔を合わせる時があると、杉野君は、顔をぽっと赤くして、笑とも泣きべそともつかぬへんな表情を浮かべ、必ず小さい咳ばらいを一つす・・・ 太宰治 「リイズ」
・・・ろから Sir ! と呼んだものがある、はてな滅多な異人に近づきはないはずだがとふり返ると、ちょっと人を狼狽せしむるに足る的の大巡査がヌーッと立っている、こちらはこんな人に近づきではないが先方ではこのポット出のチンチクリンの田舎者に近づかざ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・そうして、肩に掛けた箱の口を開けて、手拭の首を、ちょいと撮んで、ぽっと放り込んだ。「こうしておくと、箱の中で蛇になる。今に見せてやる。今に見せてやる」と云いながら、爺さんが真直に歩き出した。柳の下を抜けて、細い路を真直に下りて行った。自・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・と云ったかと思うとぽっとあたりが青ぐらくなりました。「ああおいらはもういるかの子なんぞの機嫌を考えなければならないようになったのか。」タネリはほんとうに涙をこぼしました。 そのときいきなりタネリは犬神の手から砂へ投げつけられました。肩を・・・ 宮沢賢治 「サガレンと八月」
・・・軽便鉄道の木でつくったシグナレスは、まるで困ったというように肩をすぼめましたが、実はその少しうつむいた顔は、うれしさにぽっと白光を出していました。「シグナレスさん、どうかまじめで聞いてください。僕あなたのためなら、次の十時の汽車が来る時・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・ 青い上着の園丁は独乙唐檜の茂みをくぐって消えて行き、それからぽっと陽も消えました。 よっぽど西にその太陽が傾いて、いま入ったばかりの雲の間から沢山の白い光の棒を投げそれは向うの山脈のあちこちに落ちてさびしい群青の泣き笑いをします。・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・ばかなラクシャンの第二子がすぐ釣り込まれてあわて出し顔いろをぽっとほてらせながら「おい兄貴、一吠えしようか。」と斯う云った。兄貴はわらう、「一吠えってもう何十万年を、きさまはぐうぐう寝ていたのだ。それでもいくらか・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・そこの草穂のかげに小さな小さなつめくさの花が、青白くさびしそうにぽっと咲いていました。 俄かに風が向うからどうっと吹いて来て、いちめんの暗い草穂は波だち、私のきもののすきまからは、その冷たい風がからだ一杯に浸みてきました。「ふう。秋・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
出典:青空文庫