・・・ こんな雨が三日も続けばあのお金でやっとこせじゃないか」 一太は黙り込んだ。一太は金のないという状態の不便さをよく理解していた。金がないと云われれば一太は飯さえ一膳半で我慢しなければならなかった。―― 一太は口淋さを紛すため、舌を丸・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・何処かで人間らしいあったかい人づきあいを欠いて、やっとこさと金を溜めて、どうやら家を建てるより子供の教育だ、立派な子孫を残すために、小さい碌でもない財産を置くより子供の体にかけようと熱心に貯金していたら、それがどうでしょう、このごろは金の値・・・ 宮本百合子 「社会と人間の成長」
・・・けれども、われわれのところでは、一九五〇年のきょう、やっとこの人々の人間の声がきかれるようになった。モティーヴは、いくら世界史のうしろの頁からはじめられていても、それを展開してゆく生活と文学の可能は、前進している。はっきり民主的な立場に身を・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
・・・ 先ず文献に関するこういう伝統的、社会的制約がある上に、これまでの国文学をやる人は、多く国文学の内にとじこもり、而も、非常に趣向的に閉じこもっておった。やっとこの数年、国文学の研究に当時の社会的背景が研究されなければならぬこと、ヨーロッ・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
・・・「一つもとれないなんて癪だ……やっとこら! と」 勝気らしくステッキをぐっと倒して深く砂を掘り起した拍子に、力が余り、ステッキの先で強く海水を叩きつけた。飛沫が容赦なく藍子のかがんでいる顔や前髪にかかった。「はっはっはっ、こりゃ・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・第一頁をやっとこさ読んで見たら、こんな風に書いてあった。「諸君。一冊の本がある。それを教会で坊主が読むときには、みんな跪いて傾聴する。開けたり閉めたりする時には、一々接吻する。その本の名は聖書だ。 ところで、聖書には、神の行った実に・・・ 宮本百合子 「モスクワの姿」
・・・六段をやるのだがテントンシャンとなだらかにゆかず、三味線も尺八も、互にもたれあって、テン、トン、シャン、とやっとこ進む。大いに愛嬌があって微笑した。けれども困るので、尺八氏と相談し夜は静にしてお貰いすることとする。十二月三十日。・・・ 宮本百合子 「湯ヶ島の数日」
・・・あとは母親と娘、息子でやっとこ生きて行かねばならぬ。だから、どうしても父親のない後の母親などは、娘の重荷になる。若い男にしろ、女房は亭主のものと思う古い風習がのこっているところへ、この頃の不景気では女の母親の世話までひきうけるほど給料はとれ・・・ 宮本百合子 「「我らの誌上相談」」
出典:青空文庫