・・・二男鶴千代は小さいときから立田山の泰勝寺にやってある。京都妙心寺出身の大淵和尚の弟子になって宗玄といっている。三男松之助は細川家に旧縁のある長岡氏に養われている。四男勝千代は家臣南条大膳の養子になっている。女子は二人ある。長女藤姫は松平周防・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・この取調べの末に、いつでも一人や二人は極楽へさえやって貰うのである。 この緑色の車に、外の人達と一しょにツァウォツキイも載せられた。小刀を胸に衝き挿したままで載せられた。馬車はがたぴしと夜道を行く。遠く遠く夜道を行く。そのうちに彼誰時が・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・起きたら遊んでやって下さいな。いい子ね、坊ちゃんは。」 灸は障子が閉まると黙って下へ降りた。母は竈の前で青い野菜を洗っていた。灸は庭の飛び石の上を渡って泉水の鯉を見にいった。鯉は静に藻の中に隠れていた。灸はちょっと指先を水の中へつけてみ・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・平安朝の大和画家は当時の風俗の忠実な描写をやった。しかもミケランジェロは今の洋画の祖先として似つかわしく、大和画家もまた今の日本画の祖先として似つかわしい。今洋画家が想像画を描くことは必ずしも邪道でなく、日本画家が写生画を描くこともまた必ず・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫