・・・ 仕事の邪魔された上に、よけいな汚らわしいものを見せられたといったような語気も見えて、先生はいろいろなことを言って聞かしたが、悄気きった眼の遣り場にも困っているらしい耕吉の態を気の毒にも思ったか、「しかし直入さんはあなたのお国の方へ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・紙上に見渡される世事の報道には、いかに重大な事件が記載せられていても、老人の身には本より何等の痛痒をも感じさせぬので、遣り場のない其の視線は纔に講談筆記の上につなぎ留められる。しかも講談筆記の題材たるや既に老人の熟知するところ。其の陳腐にし・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・一同黙っていずれも唇を半開きにしたまま遣り場のない目で互に顔を見合わしている。伏目になって、いろいろの下駄や靴の先が並んだ乗客の足元を見ているものもある。何万円とか書いた福引の広告ももう一向に人の視線を引かぬらしい。婆芸者が土色した薄ぺらな・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ただお目付役の威厳で、目の前でその小路を引きかえさせるばかりでは、若い心の何かの渇きや遣り場のなさがそのまま高尚な希望へ変るものでないことも、実感でわかっていよう。若い心の同感と鼓舞と共々な努力として、行動隊員が活動することを衷心から期待す・・・ 宮本百合子 「女性週評」
出典:青空文庫