・・・硝子戸を立てた洗濯屋の店にはシャツ一枚になった職人が二人せっせとアイロンを動かしていた。わたしは格別急がずに店先の硝子戸をあけようとした。が、いつか硝子戸にわたしの頭をぶつけていた。この音には勿論職人たちをはじめ、わたし自身も驚かずにはいら・・・ 芥川竜之介 「夢」
・・・「けさ、アイロンを掛けて置きましたの。紺絣には、あのほうが似合うでしょう。」 家内には、私のその時の思いつめた意気込みの程が、わからない。よく説明してやろうかと思ったが、面倒臭かった。「仙台平、」と、とうとう私まで嘘をついて、「・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・では、男の子が洗濯物のアイロンかけをやることになっている。 つまらない繕いものは年上の女の子が当番でやる。私たちが裁縫室へ入った時は、五六人の女の子が、シャツのボタンをしらべ、落ちたのをつけていました。 さあ、また、玄関わきの客間へ・・・ 宮本百合子 「従妹への手紙」
・・・さっきアイロンをかけるためにドミトリーの上着をふるったら、一枚紙きれが落ちた。何心なくひろって見たら、どうだろう、それはインガからドミトリーへあてた呼び出しであった。 ああ、この頃のドミトリーの変りようはどうだろう。元は、何でも話し一緒・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・あのお話のなかに、人間は雷さまみたいなものも自分達の幸福のために電車や電気アイロンにしてきたというお話がございましたが、そういう天然の力でさえも自分達は自分の幸福のために使うのですから、人間がこれまで生きて参りました歴史などは、もちろん私共・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・そこをあけると、玄関が二畳でそこにはまだ一部分がこわれたので、組立てられずに白木の大本棚が置いてあり、右手の唐紙をあけると、そこは四畳半で、箪笥と衣桁とがおいてあり、アイロンが小さい地袋の上に光っている。そこの左手の襖をあけると、八畳の部屋・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫