・・・ウ大陽気だったので、必定お客を呼んでの大酒宴の真最中と、暫らく戸外に佇立って躊躇していたが、どうもそうらしくもないので、やがて玄関に音なうと、ピッタリ三味線が止んで現れたのはシラフの真面目な椿岳で、「イヤこれはこれは、今日は全家が出払って余・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・コイツ失敗ったと、直ぐ詫びに君の許へ出掛けると今度は君が留守でボンヤリ帰ったようなわけさ。イヤ失敬した、失敬した……」と初めから砕けて一見旧知の如くであった。 その晩はドンナ話をしたか忘れてしまったが、十時頃まで話し込んだ。学生風なのは・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・テオリマシタガ、無論ドットネテイルトイウデハアリマセズ、ソレガカエッテ苦痛デハアリマスガ、昨今デハマズマズ健康ニチカイ方デス文壇モ随分妙ナモノニナッタデハアリマセヌカ、才人ゾロイデ、豪傑ゾロイデ、イヤハヤ我々枯稿連ハ口ヲ出ス場所サエアリ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・「イイヤ、何にも。」「困ったよ、」U氏は首を掉って一と言いったぎり顔を顰めて固く唇を結んでしまった。「Yがドウかしましたか?」「困ったよ、」と、U氏は両手で頭を抱えて首を掉り掉り苦しそうに髪の毛を掻き揉った。「君はYから何も・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・私が暫く待てと言っても彼はきき入れようとはしません「イヤ、帰して下さい。病人の扱い方を知らぬのだもの、荒々しい人だ」斯んな事を言う内にも段々と息苦しく成るばかりです。 二十二日は未明より医師が来て注射。午後また注射。終日酸素吸入の連続。・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・と、上田は冷ややかに笑います、鷹見は、「イヤ、あんな男に限って、女にかあいがられるものサ、女の言いなりほうだいになっていて、それでやはり男だから、チョイと突っ張ってみる、いわゆる張りだね、女はそういうふうな男を勝手にしたり、また勝手にさ・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・『吉さんはきっとおかみさんを大事にするよ』と、女は女だけの鑑定をしてお常正直なるところを言えばお絹も同意し『そうらしいねエ』と、これもお世辞にあらず。『イヤこれは驚いた、そんなら早い話がお絹さんお常さんどちらでもよい、吉さんのと・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・「サアその先を……」と綿貫という背の低い、真黒の頬髭を生している紳士が言った。「そうだ! 上村君、それから?」と井山という眼のしょぼしょぼした頭髪の薄い、痩方の紳士が促した。「イヤ岡本君が見えたから急に行りにくくなったハハハハ」・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・「馬鹿!」「何んで?」「大馬鹿!」「君よりは少しばかり多智な積りでいたが。」「僕の聞いたのは其円じゃアないんだ。縁だ。」「だから円だろう。」「イヤこれは僕が悪かった、君に向って発すべき問ではなかったかも知れない。・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ことなどは、いつの日にも無いことではあったが、それでも夫は神経が敏くて、受けこたえにまめで、誰に対っても自然と愛想好く、日々家へ帰って来る時立迎えると、こちらでもあちらを見る、あちらでもこちらを見る、イヤ、何も互にワザと見るというのでも無い・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
出典:青空文庫