・・・緑いろの鳥打帽をかぶった、薄い痘痕のある物売りはいつもただつまらなそうに、頸へ吊った箱の中の新聞だのキャラメルだのを眺めている。これは一介の商人ではない。我々の生命を阻害する否定的精神の象徴である。保吉はこの物売りの態度に、今日も――と言う・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・林檎を皮ごと噛じっていたり、キャラメルの紙を剥いていることを除けば。……しかし年かさらしい女生徒の一人は僕の側を通る時に誰かの足を踏んだと見え、「御免なさいまし」と声をかけた。彼女だけは彼等よりもませているだけに反って僕には女生徒らしかった・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・救助網に撥ね飛ばされて危うく助かった豹一が、誰に貰ったのか、キャラメルを手に持ち、ひとびとにとりかこまれて、わあわあ泣いているところを見た近所の若い者が、「あッ、あれは毛利のちんぴらや」 と、自転車を走らせて急を知らせてくれ、お君が・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 土地の女の顔を見て、通らしく言った。そんな自分が哀れだった。 キャラメルの広告塔の出ている海の方へ、流川通を下って行った。道を折れ、薄暗い電燈のともっている市営浴場の前を通る時、松本はふと言った。「こんなところにいるとは知らな・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・キャラメル一つ。林檎 十銭。差入本の「下附願」。書信 封緘葉書二枚。着物の宅下げ願。 運動は一日一度――二十分。入浴は一週二度、理髪は一週一度、診察が一日置きにある。一日置きに診察して貰えるので、時にはまるで「お・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・嘉七の着物がかわいたので、嘉七はひとり杉林から脱けて、水上のまちに出て、せんべいとキャラメルと、サイダーを買い、また山に引きかえして来て、かず枝と一緒にたべた。かず枝は、サイダーを一口のんで吐いた。 暗くなるまで、ふたりでいた。かず枝が・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・さっそくアンパン夫人から、キャラメル御馳走になる。それからまた、ひとしきり恐怖物語にみなさん夢中。誰でもかれでも、このお化け話とやらには、興味が湧くらしい。一つの刺戟でしょうかな。それから、これは怪談ではないけれど、「久原房之助」の話、おか・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・そうしてかくしのキャラメルを取り出して三つ四つ一度に頬張りながら南方のすそ野から遠い前面の山々へかけての眺望をむさぼることにした。自分の郷里の土佐なども山国であるからこうしたながめも珍しくないようではあるが、しかし自分の知る郷里の山々は山の・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・また、桃太郎が生まれなかったらそのかわりに栗から生まれた栗太郎が団子の代わりにあんパンかキャラメルを持って猫やカンガルーを連れてやはり鬼が島は征伐しないでおかないであろう。いくらそんな不都合なことはいけないと言っても、どうしてもだれか征伐に・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・ほんとうにいろいろご馳走学生は鞄から敷島を一つとキャラメルの小さな箱を出して置いた。おみちは顔を赤くしてそれを押し戻した。学生はさっさと出て行った。(なあんだ。あと姥石まで煙草売るどこなぃも。ぼかげで置いで来おみちは急いで草履をつっかけ・・・ 宮沢賢治 「十六日」
出典:青空文庫