・・・ 深谷はカッキリ、就寝ラッパ――その中学は一切をラッパでやった――が鳴ると同時にコツコツと、二階から下りてきた。 安岡は全く眠ったふうを装った。が、眠れもしないのに眠ったふうを装うことは、全く苦しいことであった。だが、何かしら彼の心・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・ そしてポキリと枝を折りました。赤いダァリヤはぐったりとなってその手のなかに入って行きました。「どこへいらっしゃるのよ。どこへいらっしゃるのよ。あたしにつかまって下さいな。どこへいらっしゃるのよ。」二つのダァリヤも、たまらずしくりあ・・・ 宮沢賢治 「まなづるとダァリヤ」
・・・働く婦人が、まっさきに勘定されるのはクビキリの場合だけである。これは国鉄にはっきり現れている。こういう日本の政府のやりかたは、変えられなければならないものである。〔一九四六年八月〕 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・ 大小不同の歩き工合の悪い敷石を長々と踏んで、玄関先に立つと、すぐ後の車夫部屋の様な処の障子があいて、うす赤い毛の、ハッキリした書生が、 どなた様でいらっしゃいますか。ときいた。「昆田」と云う誰でもが覚えにくがる栄蔵・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 学生という夥しい青年たちの質は実にピンからキリまでであるから、なかには勿論下らない者もいるだろう。それはあらゆる社会の部面に下らない者のいることと同じである。けれども、学生は、と総括して、まるで平常は本をよみさえしないように云われた時・・・ 宮本百合子 「「健やかさ」とは」
新聞包をかかえて歩いてる。 中は、衣紋竹二本・昭和糊・キリ・ローソク・マッチ・並にラッキョーの瓶づめ一本。――世帯の持ちはじめ屡々抱えて歩かれる種類の新聞包だ。朝で、帝大構内の歴史的大銀杏の並木は晴れた秋空の下に金色だ・・・ 宮本百合子 「ニッポン三週間」
・・・首キリ・賃下げ・労働強化絶対反対! 帝国主義戦争絶対反対! 同一労働に対しては同一賃金をよこせ! と叫んで工場から溢れ出す。特別今年のメーデーは戦争のために起った物価騰貴、労働条件の悪化、いくら戦争をしても減らない三百万人の失業者の苦しみ、・・・ 宮本百合子 「日本プロレタリア文化連盟『働く婦人』を守れ!」
国鉄のクビキリが人々の注目をあつめはじめると同時に、列車妨害の記事が毎日、新聞へ出るようになった。九州ではトンネルの入口にダイナマイトをしかけた者さえあった。 そしてそれらの新聞記事は、それらの妨害がどれも鉄道の専門知・・・ 宮本百合子 「犯人」
・・・工場での首キリ反対、賃下げ反対に立ってストライキした婦人労働者は五万人もいるし、農村で地主との闘いに勇ましく闘う婦人の数も決してわずかではない。そういうプロレタリア、農民の婦人たちの生活はプロレタリア、農民の婦人のペンによってこそ最もよく伝・・・ 宮本百合子 「婦人読者よ通信員になれ」
・・・日本の中にだって手近いところで市電の大首キリが迫っているし、八幡製鉄所に千人ちかい整理である。東北青森地方はひどい飢饉です。 そういうことはちょいと新聞にのるだけであとは、どっちを向いても「満蒙」「満蒙」です。われわれの考えるべきこと熱・・・ 宮本百合子 「「モダン猿蟹合戦」」
出典:青空文庫