・・・しばらくして彼は茶器を代えに来た下女の名を呼んで、コップに水を一ぱいくれと頼んだ。そうして自分の方を見ながら、どうも咽喉がかわいてと間接な弁解をした。「だいぶ飲んだんだね」「ええお祭りで、少し飲まされました」 赤い顔のことは簡単・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・ 小林が彼と肩を並べようとする刹那、彼は押し潰した畳みコップのように、ペシャッとそこへ跼った。 小林はハッとした。 と、同時に川上の捲上の方を見た。が、そっちは吹雪に遮られて、何物も見えなかった。よし、見えたにしても、もう皆登り・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・この花は黒朱子ででもこしらえた変わり型のコップのように見えますが、その黒いのは、たとえば葡萄酒が黒く見えると同じです。この花の下を始終往ったり来たりする蟻に私はたずねます。「おまえはうずのしゅげはすきかい、きらいかい」 蟻は活発に答・・・ 宮沢賢治 「おきなぐさ」
・・・ とのさまがえるは粟つぶをくり抜いたコップにその強いお酒を汲んで出しました。「ウーイ。これはどうもひどいもんだ。腹がやけるようだ。ウーイ。おい、みんな、これはきたいなもんだよ。咽喉へはいると急に熱くなるんだ。ああ、いい気分だ。もう一・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・それでも頂上に着いてしまうとそのとし老りがガラスの瓶を出してちいさなちいさなコップについでそれをそのぷんぷん怒っている若い人に持って行って笑って拝むまねをして出したんだよ。すると若い人もね、急に笑い出してしまってコップを押し戻していたよ。そ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・茶・急須・砂糖・コップ・匙。それをもっているのはСССР市民だけではない。我々だってもっている。 今日はコルホーズの大きいのを見た。トラクターが働いての収穫後の藁山。そこへ雪がかかっている。 ああはやく、はやく! あっちに高い「エレ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・それまでは「コップ」や「ナップ」で公然と文筆活動をしていた小林多喜二、宮本顕治その他の人々が、一九三二年三月以後はこれまでの活動の形をかえて、地下的に生活し働かなければならないようになった。わたしも一九三二年四月七日に検挙されて六月十八日ご・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・「コップ」の活動を妨害することで、勤労大衆がいく分なりと世界の本当の動きを階級的立場から理解出来ないようになれば、彼等にとって胡魔化すのに好都合だ。帝国主義日本の勤労大衆を反動文化で息もつかせず押し包んでおいて世界戦争を始めようと、われらプ・・・ 宮本百合子 「逆襲をもって私は戦います」
・・・しかしこれほどの用事を帯びて来て、それを二人の娘の母親に話さずにも帰られぬと思って、直談判をして失敗した顛末を、川添のご新造にざっと言っておいて、ギヤマンのコップに注いで出された白酒を飲んで、暇乞いをした。 川添のご新造は仲平贔屓だった・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・食事のときも、集っている将校たちのどの顔も沈鬱な表情だったが、栖方だけ一人活き活きとし笑顔で、肱を高くビールの壜を梶のコップに傾けた。フライやサラダの皿が出たとき、「そんな君の尉官の襟章で、ここにいてもいいのですか。」と梶は訊ねてみた。・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫