国鉄のクビキリが人々の注目をあつめはじめると同時に、列車妨害の記事が毎日、新聞へ出るようになった。九州ではトンネルの入口にダイナマイトをしかけた者さえあった。 そしてそれらの新聞記事は、それらの妨害がどれも鉄道の専門知・・・ 宮本百合子 「犯人」
・・・「お父さん、あんなトンネル、おうちにもあるといいね」「うん」「拵えてね」「お家は狭いから駄目ですよ」「ふーん」 父親、カメラを出した。「さ、そこへ姉ちゃんとお並び」 六つばかりのその息子と十位の姉、雁来紅を背・・・ 宮本百合子 「百花園」
・・・或ものは、西へ西へとゆく下りであり、そのいくつかは上りで、程近い山端にあるトンネルに入って行った。〔欄外に〕 さあと暗くなって来て沛然と大雨になって来た。トタン屋根に白シブキを上げ。見ると豪雨に煙ってむこうの山はちっとも見えなく・・・ 宮本百合子 「無題(十二)」
・・・ テームズ河底のトンネルは白タイル張で煌々たる電燈に照し出された。大型遊覧自動車のエンジンの音響はトンネルじゅうの空気をゆすぶった。塵埃を捲き上げて穹窿形の天井から下ってる大電燈の光を黄色くした。鳥打帽の若い労働者が女の腕をとって、その・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・ただ一つ覚えているのは、市電で本牧へ行く途中、トンネルをぬけてしばらく行ったあたりで、高台の中腹にきれいな紅葉に取り巻かれた住宅が点在するのをながめて、漱石が「ああ、ああいうところに住んでみたいな」と言ったことである。 三渓園の原邸では・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫