・・・ 四五日前オペラでグノーのファウストを聞きました。メフィストの低音が気に入りました。道具立ての立派で真に迫ること、光線の使用の巧みなことはどこでも感心します。音楽の始まる前の合図にガタンガタンと板の間をたたくような音をさせるのはドイツの・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ こんにちわたしたちが生きているために、食うこと、住むことの問題に基礎をおいて理性に負うている苦しみ、人間心情にうけている痛みは、多種多様であり、どんなファウスト博士の試験管の中にも、「純潔人間」は存在しない。わたしたちにわかっているた・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ゲーテは「ファウスト」第二部で、より大きい善、人間の美徳、平和な建設を実現する可能をゆるされている能力として権力を見出している。現代でいえば一つの都市ぐらいしかなかった十九世紀初頭のドイツ小王国ワイマールの学友宰相であったゲーテは、その時代・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・あのように科学的天稟ゆたかなゲーテでさえも、ファウストの中では、自然と伝説とをこね合わせてロマンティックな描写をしているのである。ヨーロッパの過去の文学では自然が観念的な宗教や哲学的見解を語るための仲介物としてつかわれ、自然と人間とが二元的・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・ ドイツに Wanderlied の多いこと Faust でさえ、一種のヴァンデルリードではないか。 ドイツ人の心持。 イギリス人にない。 日本人は? 六月二十三日 梅雨のはれ間、激しい西北の風ととも・・・ 宮本百合子 「一九二三年夏」
・・・や「ファウスト」を主題として交響楽を創り、ドラクロアのアトリエではユーゴオの小唄が口誦まれた。そして、ユーゴオ、ゴオチェ、メリメのような作家たちは、創作の間に絵を描いた。実に彼等は「すべての芸術において美しい色彩や情熱や文体を」ねらったので・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
一 ファウストを訳した時の苦心を話すことを、東亜之光の編者に勧められた。然るに私は余り苦心していない。少くも話の種にする程、苦心していない。こう云うのがえらがるのでないことは勿論である。また過誤のあった時、分疏をするために予め地・・・ 森鴎外 「不苦心談」
私が訳したファウストについては、私はあの訳本をして自ら語らしめる積でいる。それで現にあの印行本にも余計な事は一切書き添えなかった。開巻第一の所謂扉一枚の次に文芸委員会の文句が挿んであるが、あれも委員会からの注意を受けて、ようよう入れた・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
・・・グルンドヴィグ、キルケガアルド、ヤアコップ・ビョオメ、アンゲルス・シレジウス、それからギョオテのファウストなどがある。後に言った三つの書物は、背革の文字で見ると、ドイツの原書である。エルリングはドイツを読むと見える。書物の選択から推して見る・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・そして我々に新しいファウストを与えた。 私は近ごろ彼の『赤い室』をゾラの『パリ』と比較してみた。彼がゾラの影響の下にその処女作を書いたことは疑いがない。しかし驚くべき事は三十歳の青年が自然主義の初期にすでにゾラを追い越しモウパッサンの先・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫