・・・といって離れまいと思って、しっかり、しっかり、しっかり襟ん処へかじりついて仰向いてお顔を見た時、フット気が着いた。 どうもそうらしい、翼の生えたうつくしい人はどうも母様であるらしい。もう鳥屋には、行くまい。わけてもこの恐しい処へと、その・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・ただ使っているばかりなら不思議はないが、その字に foot note が付いている。これは英国古代の字なりとあった。「ノート」を自分の手紙へつけるのも面白いが、そのノートの文句がなおさら面白い。この御婆さんと船へ合乗をした時に、何か文章を書・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ カンカン火のある火鉢にも手をかざさず、きちんとして居た栄蔵は、フット思い出した様に、大急ぎでシャツの手首のところの釦をはずして、二の腕までまくり上げ紬の袖を引き出した。 久々で会う主婦から、うすきたないシャツの袖口を見られたくなか・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ その一つは私が大変赤い着物を着て松茸がりに山に行った、香り高い茸がゾクゾクと出て居るので段々彼方ちへ彼方へと行くと小川に松の木の橋がかかって居た、私が渡り終えてフット振向とそれは大蛇でノタノタと草をないで私とはあべこべの方へ這って行く・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 仙二はフットあたりを見廻してから口笛を吹き出して何のあてどもなく足元の花をむしった。 そうして何となく重い物を抱えた様にして家にかえった。 それから後毎日夕方になるときっとその二つの姿を見た、いつの時でも女はきっと赤い帯に雪踏・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・ 時々亢奮した目附で何か云い出そうとしてはフット口をつぐんで静かな無口になるのを千世子は興味ある気持でながめた。 肇のすきこのみなどを千世子は話すまで千世子は聞くまいと思ったし、千世子のすきこのみ、毎日仕て居る事、などは同様肇は何も・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・二人は顔を見合わせて淋しく笑う。老僧 お得意になってか――向うを向いたまんま云う。二人はフット口をつぐむ。それから又話しつづける。第二の若僧ねえ私達はほんとうに巧く「わな」にかかった。 ほんとうに巧者にだまされて・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・それだのに――私はフット疑が起った。けれ共どうと思うでなく只やっぱりああ云う人にあるものずきな気持だったかと思って居た。そんな何となし不安心なイライラする様な日がつづいてとうとう私が泣き出した様に雨がシトシト降って居る日だった。私の机の上に・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・私はそんな風に思われます……それがあたってましょうキット……」「私達みたいに若いもんでさえ、落椿を糸で通してよろこんで居た事を思い出すと寒い様な気んなりますもんねエ」「……」私はフットさしてある首人形を見てお妙ちゃんを思い出してしま・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫