・・・そこが前にあげたフランスの二作家と違うところで、そこがまた彼らよりも散文的な自分をして、彼らの例にならって、その手紙をこの話の中心として、一字残らず写さしめなかった原因になる。 手紙は疑いもなく宿屋で発見されたのである。場所もほとんどフ・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・ベルグソンの哲学には一種の法則みたいなものがある。フランスではベルグソンを立場として、フランスの文芸が近頃出て来ている。しかしわれわれの方では sex の問題とか naturalism とか世間に知れわたった法則等から出立するものは、その ・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・大まかに云えば、イギリスが海を支配し、フランスが陸を支配したとも云い得るであろう。然るに十九世紀に入っては、ヨーロッパという一つの歴史的世界に於てドイツとフランスとが対立したが、更に進んで窮極する所、全世界的空間に於て、ドイツとイギリスとの・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
私はフランス哲学にはドイツ哲学やイギリス哲学と異なった独得な物の見方考え方があると思う。しかし私は今それについて詳しく考え、詳しく書く暇を有たない。ただこれまで人に話したり、或は機に触れて書いたりしたことを、思い出るままに記すだけであ・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・坊主の除れたフランスのセーラーの被る毛糸帽子。印度の何とか称する貴族で、デッキパッセンジャーとして、アメリカに哲学を研究に行くと云う、青年に貰った、ゴンドラの形と金色を持った、私の足に合わない靴。刃のない安全剃刀。ブリキのように固くなったオ・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・雄々しいフランスの婦人たちは、フランスが歴史の波瀾を凌いでゆく時々に、いつもその陣頭に旗をかざして進んだ。日本の婦人ばかりが、その熱情さえもたないと、誰が云い得よう。人民、女性の歴史にとって屈辱のしるしのように強いても握らされた白と赤との日・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・そのために、スペインの民主戦線に有名なパッショナリーアと呼ばれた婦人がいたことも知らなければ、大戦中フランスの大学を卒業した知識階級の婦人たちの団体が、どんなにフランスの自由と解放のためにナチス政権の下で勇敢な地下運動を国際的に展開したかと・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・ フランスとベルジックとの文学で、Maupassant の書いたものには、毒を以て毒を制するトルストイ伯の評のとおりに、なんのために書いたのだという趣意がない。無理想で、amoral である。狙わずに鉄砲を打つほど危険な事はない。あの男・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・ そうして、彼は伊太利を征服し、西班牙を牽制し、エジプトへ突入し、オーストリアとデンマルクとスエーデンを侵略してフランスの皇帝の位についた。 この間、彼のこの異常な果断のために戦死したフランスの壮丁は、百七十万人を数えられた。国内に・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・四 フランスやイタリアの作家には饒舌が眼につく。私はダヌンチオやブウルジェエの冗漫に堪え切れない。トルストイに至ってはさすがに偉大である。たとえばあの大部なアンナ・カレニナのどのページを取ってみても、私は極度に緊縮と充実とを・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫