・・・同行二人と細くしたためて、私と、それからもう一人、道づれの、その、同行の相手は、姿見えぬ人、うなだれつつ、わが背後にしずかにつきしたがえるもの、水の精、嫋々の影、唇赤き少年か、鼠いろの明石着たる四十のマダムか、レモン石鹸にて全身の油を洗い流・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・狐の襟巻をすると、急に嘘つきになるマダムがいた。ふだんは、実に謙遜なつつましい奥さんであるのだが、一旦、狐の襟巻を用い、外出すると、たちまち狡猾きわまる嘘つきに変化している。狐は、私が動物園で、つくづく観察したところに依っても、決して狡猾な・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・メルシイ、マダム。おや、口笛が。――なんのことだか、わからない。まるで、出鱈目である。これが、小説の筋書である。朝になると、けろりと忘れている百千の筋書のうちの一つである。それからそれと私は、筋書を、いや、模様を、考える。あらわれては消え、・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ あれは、令嬢かな? マダムかな? あれはね、ルノアルの二十七八歳頃の傑作なのですよ。ルノアル自身のエポックを劃したとも言われているんです。僕だって、もう二十八歳ですからね、ひとつ、ルノアルと戦ってみようと思っているんですよ。いまね、モデル・・・ 太宰治 「リイズ」
・・・を見て、そして最後に大日本松竹国産発声映画「マダムと女房」というのを見ることになったのも思えば妙な回り合わせである。「パリの屋根の下」にはたいしたドラマはない。ちょっとしたロマンスはあるが、それはシャボン玉のようなロマンスである。ちょっ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・しかし、マダムもろ子の家の応接間で堅くなっていると前面の食堂の扉がすうと両方に開いて美しく飾られたテーブルが見える、あの部分の「呼吸」が非常によくできている。これは、映画に特有な「呼吸のおもしろみ」であって、分析的には説明のしにくいものであ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・イルマという女の知恵のない肉塊のような暗い感じ、マダム・ブランシュの神巫のような妖気などもこの映画の色彩を多様にはしている。 いちばん深刻だと思われた場面は、最大速度で回る電扇と、摂氏四十度を示した寒暖計を映出したあとで、ブランシュの酒・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・若い丸髷の下町式マダムが弁慶縞の上っぱりで、和装令嬢式近代娘を相手に、あでやかにつややかに活躍している。 またある日。 糸のような雨が白い空から降る。右手の車庫のトタン屋根に雀が二羽、一羽がちょんちょんと横飛びをして他の一羽に近よる・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・小説を買って、カフェーのマダムをめぐる四人の男の情痴の世界を読むよりは、今日「大衆」の真面目な「大人」の心配は、子供をどうして育てるかにかかっているであろう。 文部省の教育方針が本当にかわれば、中学へ息子をやるにさえ、家庭の資産状態が調・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・ 日本ではマダムの道楽も、大体は未だ少女歌劇の女優をひいきにするに止っているのであろうか。 波間 東海道線を西の方から乗って来て、食堂などにいると、この頃の空気が声高な雑談の端々から濛々とあたりを罩めている・・・ 宮本百合子 「くちなし」
出典:青空文庫