・・・今ではブルジョア化粧品屋でユロ男爵の息子にその一人娘を縁づかせている五十男のクルベルが、安芝居のような身ぶり沢山で、而も婿の生計を支えてやらなくてはならぬ愚痴を並べ、借金の話、娘の持参金についての利子勘定のまくし立てるような計算と全く渾然結・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・が、ヴォルガの曳舟人足から稼ぎためて、今は九年間も改選なしの職人組合長老にまでなっているワシリー・カシーリンにとって、謂わば渡り職人のようなマクシムに一人娘を呉れてやることなど我慢出来るものではない。ワシリーの日頃の自慢は、ワーリャは貴族へ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 男は鋭く切れた二皮目で、死んだ友達の一人娘の顔をちょいと見た。叱りはしないのである。 ただこれからは男のすばしこい箸が一層すばしこくなる。代りの生を鍋に運ぶ。運んでは反す。反しては食う。 しかし娘も黙って箸を動かす。驚の目は、・・・ 森鴎外 「牛鍋」
・・・お蝶は下野の結城で機屋をして、困らずに暮しているものの一人娘であるが、婿を嫌って逃げ出して来たと云うことであった。間もなく親元から連れ戻しに親類が出たが、強情を張って帰らない。親類も川桝の店が、料理店ではあっても、堅い店だと云うことを呑み込・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫