・・・ 隣のの側に銃もある、而も英吉利製の尤物と見える。一寸手を延すだけの世話で、直ぐ埒が明く。皆打切らなかったと見えて、弾丸も其処に沢山転がっている。 さア、死ぬか――待ってみるか? 何を? 助かるのを? 死ぬのを? 敵が来て傷を負ったおれ・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・「否もうこゝで結構です。一寸そこまで散歩に来たものですからな。……それで何ですかな、家が定まりましたでしょうな? もう定まったでしょうな?」「……さあ、実は何です、それについて少しお話したいこともあるもんですから、一寸まあおあがり下・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・うどんは一寸位に切って居りました。 食事は普通人程の分量は頂きました。お医者様が「偉いナー私より多いがナー」と言われる位で有りました。二十日ばかり心臓を冷やしている間、仕方が無い程気分の悪い日と、また少し気分のよい日もあって、それが次第・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ところがその品物のなかで最も高い値が出たのはその男が首を縊った縄で、それが一寸二寸というふうにして買い手がついて、大家はその金でその男の簡単な葬式をしてやったばかりでなく自分のところの滞っていた家賃もみな取ってしまったという話であった。・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・と松木が又た口を入れたのを、上村は一寸と腮で止めて、ウイスキーを嘗めながら「断然この汚れたる内地を去って、北海道自由の天地に投じようと思いましたね」と言った時、岡本は凝然と上村の顔を見た。「そしてやたらに北海道の話を聞いて歩いたもん・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・また清元の十六夜清心には「蓮の浮き葉の一寸いと恍れ、浮いた心ぢやござんせぬ。弥陀を契ひに彼の世まで……結びし縁の数珠の緒を」という一ふしがある。 しかしすべての結合がこういった純真な悲劇で終わるとはもとより限らない。ある者はやむなく、あ・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・「すかしが一寸、はっきりしていないだろう。」貯金掛の字のうまい局員が云った。「さあ。」「それは紙の出どころが違うんだ。札の紙は、王子製紙でこしらえるんだが、これはどうも、その出が違うようだ。」「一寸見ると、殆んど違わないね。・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・もう一寸一寸に暗くなって行く時、よくは分らないが、お客さんというのはでっぷり肥った、眉の細くて長いきれいなのが僅に見える、耳朶が甚だ大きい、頭はよほど禿げている、まあ六十近い男。着ている物は浅葱の無紋の木綿縮と思われる、それに細い麻の襟のつ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・それから一寸間を置いて何気ない風に笑い乍ら、「――そうすればお前の役目も大きくなるワケだ……。」 と云った。 お君は涙が一杯に溢れてくるのを感じながら、ジッとこらえてうなずいて見せた。――赤ん坊は何にも知らずに、くたびれた手足を・・・ 小林多喜二 「父帰る」
子供らは古い時計のかかった茶の間に集まって、そこにある柱のそばへ各自の背丈を比べに行った。次郎の背の高くなったのにも驚く。家じゅうで、いちばん高い、あの子の頭はもう一寸四分ぐらいで鴨居にまで届きそうに見える。毎年の暮れに、・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫