・・・ 木更津汐干の場の色彩はごちゃごちゃして一見厭になりました。御成街道にペンキ屋の長い看板があるから見て、御覧なさい。 楠一族の色彩ははなはだよろしい。第一調和しているようです。正成の細君は品があってよござんす、あの子も好い。みんな好・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・先生はその頃もう四十を越えておられ、一見哲学者らしく、前任者とコントラストであった。最初にショーペンハウエルについて何か講義せられたように記憶している。この先生の講義はブッセ教授と異って机に坐ったままで低声で話された。ケーベルさんは始めて日・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・がら、其実は支那台の西洋鍍金にして、殊に道徳の一段に至りては常に周公孔子を云々して、子女の教訓に小学又は女大学等の主義を唱え、家法最も厳重にして親子相接するにも賓客の如く、曾て行儀を乱りたることなく、一見甚だ美なるに似たれども、気の毒なるは・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・そんなら今が幸福だと満足して、此上に社会改良も何も不必要かと云うに然うでもない、大変パラドクサルになって了って……ある意味じゃ此儘幸福だが、他の意味じゃ不幸福だ。一見矛盾しているようだが私の心では為て居らん。ここが象徴派と同じ所へ来ている証・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・この一行は根岸を出て田端から汽車に乗って、飛鳥山の桜を一見し、それからあるいて赤羽まで往て、かねて碧梧桐が案内知りたる汽車道に出でて土筆狩を始めたそうな。自分らの郷里では春になると男とも女とも言わず郊外へ出て土筆を取ることを非常の楽しみとし・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・この変てこな議論が一見菜食にだけ適用するように思われるのはそれは思う人がまだこの問題を真剣に考え真実に実行しなかった証拠であります。斯んなことはよくあるのです。 いくら連続していてもその両端では大分ちがっています。太陽スペクトルの七色を・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・若い女性たちの中に、この頃、はっきりこういう危険な状態を見分ける鑑識ができてきた。一見ささいなこの実力こそ私たちが大きい苦痛と犠牲を払って進んできた一歩前進の最もたしかな収穫であると思う。若い女性たちは自分もその一人としてきょうの人生を歩い・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・多数の人を陥れた詐偽師を、私が一見して看破したことは度々ある。 これに反して義務心の闕けた人、amoral な人、世間で当にならぬと云う人でも、私と対座して赤裸々に意志を発表すれば、私は愉快を感ずる。私は年久しくそう云う人と相忤わずに往・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・静冷であるが故に鮮烈な官能は一見感覚と間違われることが屡々ある。感覚的な止揚性を持つまでには清少納言の官能はあまりに質薄で薄弱で厚みがない。新感覚的表徴は少くとも悟性によりて内的直感の象徴化されたものでなければならぬ。即ち形式的仮象から受け・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・能面が一般に一味の気味悪さを湛えているのはかかる否定性にもとづくのである。一見してふくよかに見える面でも、その開いた眼を隠してながめると、その肉づけは著しく死相に接近する。 といって、自分は顔面の筋肉の生動した能面がないというのではない・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
出典:青空文庫