・・・僕はいよいよ無気味になり、そっと椅子から立ち上がると、一足飛びに戸口へ飛び出そうとしました。ちょうどそこへ顔を出したのは幸いにも医者のチャックです。「こら、バッグ、何をしているのだ?」 チャックは鼻目金をかけたまま、こういうバッグ起・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ 白は尻尾を振りながら、一足飛びにそこへ飛んで行きました。「お嬢さん! 坊ちゃん! 今日は犬殺しに遇いましたよ。」 白は二人を見上げると、息もつかずにこう云いました。しかし今日はどうしたのか、お嬢さんも坊ちゃんもただ呆気にとられたよ・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・僕は一足飛びにバスの部屋へ行き、戸をあけて中を探しまわった。が、白いタッブのかげにも鼠らしいものは見えなかった。僕は急に無気味になり、慌ててスリッパアを靴に換えると、人気のない廊下を歩いて行った。 廊下はきょうも不相変牢獄のように憂鬱だ・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ よくこれほどあるもんだと思わせた長雨も一カ月ほど降り続いて漸く晴れた。一足飛びに夏が来た。何時の間に花が咲いて散ったのか、天気になって見ると林の間にある山桜も、辛夷も青々とした広葉になっていた。蒸風呂のような気持・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・この山の頂きからあの山の頂きに行かんとして、当然経ねばならぬところの路を踏まずに、一足飛びに、足を地から離した心である。危い事この上もない。目的を失った心は、その人の生活の意義を破産せしめるものである。人生の問題を考察するという人にして、も・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・一千年来の氏族政治を廃して、藤氏の長者に取って代って陪臣内閣を樹立したのは、無爵の原敬が野人内閣を組織したよりもヨリ以上世間の眼をらしたもんで、この新鋭の元気で一足飛びに欧米の新文明を極東日本の蓬莱仙洲に出現しようと計画したその第一着手に、・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ている間に、彼等の内幕やコツをすっかり覚えこんでしまったある雨の日、急に丹造の野心はもくもくと動きだして、よし、おれも一番記者になって……と、雨に敲かれた眼にきっと光を見せたが、しかし、お抱え俥夫から一足飛びに記者になろうというのは、町医者・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・「おお、五体は宙を飛んで行く、これぞ甲賀流飛行の術、宙を飛んで注進の、信州上田へ一足飛び、飛ぶは木の葉か沈むは石田か、徳川の流れに泛んだ、葵を目掛けて、丁と飛ばした石田が三成、千成瓢箪押し立てりゃ、天下分け目の大いくさ、月は東に日は西に・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・ 今まであの店の部屋の古風な装飾なり、また燕尾服を着たボーイなりが、すべて前の世紀の残りものであったのが、火事で焼けたこの機会に、一足飛びに現代式に変ってしまったのだというような気がした。そして、事によると、あのボーイはその前世紀から焼・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・で先生は一足飛びに有名になってしまった。ホトトギス関係の人々の文章会が時々先生の宅で開かれるようになった。先生の「猫」のつづきを朗読するのはいつも高浜さんであったが、先生は時々はなはだきまりの悪そうな顔をして、かたくなって朗読を聞いていたこ・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
出典:青空文庫