・・・、あとあとの、笑い話、いまは、切実のこと、わが宿の払い、家人に夏の着物、着換え一枚くらいは、引きだしてやりたく、家賃、それから諸支払い、借銭利息、船橋の家に在る女房どうして居るか、ははは、オドチャには一銭もなし、いや、小使銭三十九銭、机の上・・・ 太宰治 「創生記」
・・・今日は御味噌を三銭、大根を二本、鶉豆を一銭五厘買いましたと精密なる報告をするんだね。厄介きわまるのさ」「厄介きわまるなら廃せばいいじゃないか」と津田君は下宿人だけあって無雑作な事を言う。「僕は廃してもいいが婆さんが承知しないから困る・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・けれども国家の与うべき報酬は、一銭一厘たりとも好悪によって支配さるべきではない。必ず優劣によって決せらるべきである。しかもその優劣が判然と公衆の眼に映らなければならない。この必要条件を具備しない国家的保護と奨励とはなきに優ると寛仮するよりも・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・だが、今は私は、一銭の傷害手当もなく、おまけに懲戒下船の手続をとられたのだ。 もう、セコンドメイトは、海事局に行っているに違いない。 浚渫船は蒸汽を上げた。セーフチーバルヴが、慌てて呻り出した。 運転手がハンドルを握った。静寂が・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・その方は自分の顔やかたちのいやなことをいいことにして、一つ一銭のマッチを十円ずつに家ごと押しつけてあるく。悪いやつだ。監獄に連れて行くからそう思え。」 するとそのいやなものは泣き出しました。「巡査さん。それはひどいよ。僕はいくらお金・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・と怒鳴って、糊を一銭買わせた。そして、一番新しいつぎを当てた。 一太はそのまだ紙の白いところを眺めたり、色の変りかけた新聞の切れなどを読む。「ブルトーゼ。アルゼン、ブルトーゼ。ヨードブルトーゼ。キナ、ブルトーゼ。グアヤコールブル・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・バットは一個について一銭だから、率は一等すけないみたいなんだが、何しろ皆が喫うもんだから。――考えたもんだね。といいながらそのひとは自分もバットの吸いがらを、唇をやきそうなところまで無理してふかしているのであった。 去年の秋から暮にかけ・・・ 宮本百合子 「打あけ話」
・・・といって、あれほど演説した婦人代議士は今日の物価に対して、はたしてその一銭でも安くする力をもったでしょうか。日本の忍耐づよいいく百万の女性たちはこの点をよくよく思いかえしてみなければならないと思います。インフレーションの悪化は防ぎようもなく・・・ 宮本百合子 「今度の選挙と婦人」
・・・かりに男八時間女八時間の社会的な勤労に対して、男と女とが一銭の差のない報酬を獲る社会があったとして、ではそれでそこには欠けることない両性の明るくゆたかな生活が創られているといえるのだろうか。 世界じゅうの婦人がおびただしく社会的な活動に・・・ 宮本百合子 「女性の現実」
・・・しゃぼんを一銭まけさせたと手柄顔に話す。 帰る時にミノルカが生んだのだと云う七面鳥の卵ほど大きい卵を二つくれた。東京ではとうてい見たくとも見られるものではない。大いそぎで勘定をすませたお繁婆は私のあとから追掛けて来て、「御邪魔に・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫