・・・女房が産気づいたと言えないこともないものを、臨機縦横の気働きのない学芸だから、中座の申訳に困り、熱燗に舌をやきつつ、飲む酒も、ぐッぐと咽喉へ支えさしていたのが、いちどきに、赫となって、その横路地から、七彩の電燈の火山のごとき銀座の木戸口へ飛・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 唯今、七彩五色の花御堂に香水を奉仕した、この三十歳の、竜女の、深甚微妙なる聴問には弱った。要品を読誦する程度の智識では、説教も済度も覚束ない。「いずれ、それは……その、如是我聞という処ですがね。と時に、見附を出て、美佐古はいかがで・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・――また彼は水素を充した石鹸玉が、蒼ざめた人と街とを昇天させながら、その空気のなかへパッと七彩に浮かび上がる瞬間を想像した。 青く澄み透った空では浮雲が次から次へ美しく燃えていった。みたされない堯の心の燠にも、やがてその火は燃えうつった・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
出典:青空文庫