・・・ と叫び、「吾れ実に大日本帝国のために万歳を三呼せずんばあらず!」と云い得ている。だから彼は、威海衛の大攻撃を叙するにあたって熱を帯びた筆致を駆使し得ているのである。そして、彼が軍艦に乗り組んでそこでの生活を目撃しながら、その心眼に最もよく・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・若者、万歳――口にこそそれを出さなかったが、青春を祝する私の心はその盃にあふれた。私は自分の年とったことも忘れて、いろいろと皆を款待顔な太郎の酒をしばらくそこにながめていた。 七日の後には私は青山の親戚や末子と共にこの山を降りた。・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・といい加減に間を合わしておくと、「万歳」と言ってにこにこして飛んできて、藤さんを除けて自分の隣りへあたる。「よ。姉さんもだよ」という。「よしよし」「何の事なんです」と藤さんは微笑む。「今電話がかかりましてね、……」「・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・僕はかえって青扇と握手を交し、そのうえ、だらしのないことであるが、お互いのために万歳をさえとなえたのだ。 青扇のすすめるがままに、僕は縁側から六畳の居間にあがった。僕は青扇と対座して、どういう工合いに話を切りだしてよいか、それだけを考え・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・「万歳、王様万歳。」 ひとりの少女が、緋のマントをメロスに捧げた。メロスは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・「万歳!」と僕は言って、拍手した。 そうして、僕たちはその座敷にあがり込んで乾杯した。「先生、相変らずですねえ。」「相変らずさ。そんなにちょいちょい変ってはたまらない。」「しかし、僕は変りましたよ。」「生活の自信か。その・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・停車場は国旗で埋められている。万歳の声が長く長く続く。と忽然最愛の妻の顔が眼に浮かぶ。それは門出の時の泣き顔ではなく、どうした場合であったか忘れたが心からかわいいと思った時の美しい笑い顔だ。母親がお前もうお起きよ、学校が遅くなるよと揺り起こ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・若旦那が、僕は御役に立たないがせめても、といったようなことを云って、そうして「万歳」と云って片手を上げた。それはとにかく、この場合はたった二針縫ってもらうのに少なくも十分はかかったようであった。四時何十分の汽車に間に合ったかどうか、それは知・・・ 寺田寅彦 「千人針」
・・・のために万歳を三唱」した。実際母は彼よりただ十八歳の年長者であったのである。彼の郷閭の人々のうちには彼の学者として立つ事が彼の Lord としての生活と利害の相反することを恐れるものもあった。この学位を得た後に二人の友人とイタリア旅行をした・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・死の宣告を受けて法廷を出る時、彼らの或者が「万歳! 万歳!」と叫んだのは、その証拠である。彼らはかくして笑を含んで死んだ。悪僧といわるる内山愚童の死顔は平和であった。かくして十二名の無政府主義者は死んだ。数えがたき無政府主義者の種子は蒔かれ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫