・・・K鉱山でもJ鉱山でも、卑屈にペコ/\頭を下げることをやめて、坑夫は、タガネと槌を鉱山主に向って振りあげた。アメリカでも、イギリスでも坑夫は蹶起しつゝあった。全世界に於て、プロレタリアートが、両手を合わすことをやめて、それを拳に握り締めだした・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・母は、舅に孝行であるから、それをもらっても、ありがたそうな顔をして、帯の上に、それでもなるべく目立たないように吊り下げる。祖父の晩酌のビイルを一本多くした時には、母は、いや応なしに、この勲章をその場で授与されてしまうのである。長兄も、真面目・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ただそれに対して一つの心配することは、最高水準を下げると同時に最低水準も下がるというのは自然の変異の方則であるから、このユートピアンの努力の結果はつまり人間を次第に類人猿の方向に導くということになるかもしれないということである。 いろい・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・ 人間の肉眼が細かいものを判別しうる範囲はおおよそどれくらいかというとまず一ミリの数十分の一以上のものである、最強度な顕微鏡の力を借りてもその数千分の一以下に下げる事はできぬ。そしてその物から来る光の波長が一ミリの二千分の一ないし三千分・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・へえ、さようでござえんすと申しあげると、晴二郎は内地で死んだんだから、金は下げる訳にいかん、帰れ帰れと恁う云うんでしょう。 私も為方ないから、へえ然ようでござえんすか、実は然云うお達があったもんですから出ましたような訳でと、然う云うとね・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・新聞記者に向って頭を下げるのも同じ事だ。僕はいやでもカッフェーに行く。雨が降ろうが鎗が降ろうが出かけなくてはどうも気がすまない。僕は現代の新聞紙なるものが如何に個人を迫害するものかと言うことを、僕一人の身の上について経験して見るのも一興じゃ・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ その人の品格を下げると同時に、「なあんの事だ とその話全体をけ落して見させてしまう。 気をつけるべき事である。 宮本百合子 「雨滴」
・・・不意と紺ぽい背広に中折帽を少しななめにかぶった確りした男の姿が歩道の上に現れたと思うと、そのわきへスーと自動車がよって止り、大股に、一寸首を下げるようにしてその男が自動車へのった。すぐ自動車は動いて行った。音のない、瞬間の光景だ。がその刹那・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・その家の主人が名誉の戦死をされたかと、通行人はいくらか頭を下げる心でその横を通るのであった。 殆ど同じ頃、その横丁のもう一つところにやはり同じような立札が立てられた家が出来た。それは炭屋であった。文化コンロを並べた店の端れ、どぶ板のとこ・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・「今の手紙に、写真が領置になっているらしいんですが、其を下げるにはどういう手続きをとったらいいのでしょうか」「明日の朝、教誨師さんに特別面会を願ってよくお願いして其から下げて貰うんですよ」 私には写真のあらましも想像のつくことで・・・ 宮本百合子 「写真」
出典:青空文庫