・・・ 年とった支那人はこう言った後、まだ余憤の消えないように若い下役へ話しかけた。「これは君の責任だ。好いかね。君の責任だ。早速上申書を出さなければならん。そこでだ。そこでヘンリイ・バレットは現在どこに行っているかね?」「今調べたと・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・イエルサレムにあるサンヘドリムの門番だったと云うものもあれば、いやピラトの下役だったと云うものもある。中にはまた、靴屋だと云っているものもあった。が、呪を負うようになった原因については、大体どの記録も変りはない。彼は、ゴルゴタへひかれて行く・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・ほかの人の手で、下役たちに引き渡すよりは、私が、それを為そう。きょうまで私の、あの人に捧げた一すじなる愛情の、これが最後の挨拶だ。私の義務です。私があの人を売ってやる。つらい立場だ。誰がこの私のひたむきの愛の行為を、正当に理解してくれること・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・恐らくは、訴うる者なんじを審判人にわたし、審判人は下役にわたし、遂になんじは獄に入れられん。誠に、なんじに告ぐ、一厘も残りなく償わずば、其処を出づること能わじ。これあ、おれにも、もういちど地獄が来るのかな? と、ふと思う。おそろしく底から、・・・ 太宰治 「鴎」
・・・恐くは、訴うる者なんじを審判人にわたし、審判人は下役にわたし、遂になんじは獄に入れられん。 誠に、なんじに告ぐ、一厘も残りなく償わずば、其処をいずること能わじ。」 晩秋騒夜、われ完璧の敗北を自覚した。 一銭を笑い、一銭に・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ 私も為方ないから、へえ然ようでござえんすか、実は然云うお達があったもんですから出ましたような訳でと、然う云うとね、下役の方が、十二枚づつ綴じた忰の成績書をお目にかけて、何かお話をなすっていましたっけがね、それには一等一等と云うのが、何・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・それは殆ど毎日のよう、父には晩酌囲碁のお相手、私には其頃出来た鉄道馬車の絵なぞをかき、母には又、海老蔵や田之助の話をして、夜も更渡るまでの長尻に下女を泣かした父が役所の下役、内證で金貸をもして居る属官である。父はこの淀井を伴い、田崎が先に提・・・ 永井荷風 「狐」
・・・はもとより上士に帰することなれば、上士と下士と対するときは、藩法、常に上士に便にして下士に不便ならざるを得ずといえども、金穀会計のことに至ては上士の短所なるを以て、名は役頭または奉行などと称すれども、下役なる下士のために籠絡せらるる者多し。・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・それにこの三日の間に、多人数の下役が来て謁見をする。受持ち受持ちの事務を形式的に報告する。そのあわただしい中に、地方長官の威勢の大きいことを味わって、意気揚々としているのである。 閭は前日に下役のものに言っておいて、今朝は早く起きて、天・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・ 私は使を遣って下役の人を呼んで、それに用事を言い含めた。そしてF君を連れて、立見と云う宿屋へ往かせた。立見と云うのは小倉停車場に近い宿屋で、私がこの土地に著いた時泊った家である。主人は四十を越した寡婦で、狆を可哀がっている。怜悧で、何・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫